歴史
この経路は地域でも有数の古い路線である。1886年8月15日、官設鉄道が直江津 - 関山間を新潟県内初の鉄道として開業し、直江津・高田・新井・関山の各駅が設けられた。1888年5月1日には関山から長野まで延伸され、同時に田口駅が開業し、同年10月12日には国有鉄道線路名称の制定により高崎 - 新潟間の長大な区間が信越線と命名された。
その後の数十年にわたり、直江津 - 関山間には中間駅が順次増設されていった。1911年5月1日に二本木駅が開業し、1918年11月1日に開設された脇野田信号所は1921年8月15日に脇野田駅へと昇格した。続いて1928年10月26日に春日山駅、1955年7月15日に北新井駅、1961年12月10日に南高田駅が開業し、現在の普通列車停車駅の配置がほぼ整った。
電化は比較的遅く、当線を含む長野 - 直江津間は1966年8月24日に直流1,500ボルトで電化された。1969年10月1日には、妙高山の麓に近い田口駅が妙高高原駅へと改称され、現在も当線の起点としてその名を保っている。1970年代後半には大きな自然災害に見舞われ、1978年5月18日に白田切川の土石流が妙高高原 - 関山間を襲って築堤が崩壊したが、大船渡線の橋梁用として製作されていたトラス橋を新たな白田切川橋梁として転用するなどして復旧し、同年9月6日に運転を再開した。
1987年4月1日の国鉄分割民営化により、当区間を含む信越本線は東日本旅客鉄道(JR東日本)に継承された。JR東日本時代の最も大きな変化は北陸新幹線の開業に向けたもので、2014年10月19日に脇野田駅周辺で新線の運用が始まり、同駅は当時建設中だった新幹線駅の西側に並ぶよう、西へおよそ120メートル移設された。
現在の路線としての姿は、2015年3月14日に北陸新幹線が長野から金沢まで延伸された際に生まれた。これに並行する信越本線の直江津 - 妙高高原間がJR東日本からえちごトキめき鉄道へ移管されて妙高はねうまラインと改称され、新幹線との地域内接続駅としての役割を示すべく脇野田駅は上越妙高駅へと改称された。JR貨物は通過する貨物列車のため第二種鉄道事業者として引き続き乗り入れている。
えちごトキめき鉄道のもとで、当線はその後も変化を続けている。2016年4月23日には観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花」が運転を開始し、2017年4月7日には運行指令がJRから分離されて、同社のもう一つの路線である日本海ひすいラインと統合された。相次ぐダイヤ改正により隣接路線との直通運転も再編され、2018年3月には信越本線との直通列車を見直すとともに、あいの風とやま鉄道線・日本海ひすいラインからの直通列車を新設する改正が行われた。2026年3月14日には妙高高原駅で交通系ICカード「Suica」の利用が始まったが、同駅では接続する北しなの線でのみ利用できる。
年表
- 18868月15日:官設鉄道が直江津 - 関山間を新潟県内初の鉄道として開業。直江津・高田・新井・関山の各駅が開業。
- 18885月1日:関山 - 長野間が延伸開業。田口駅(後の妙高高原駅)が開業。
- 188810月12日:国有鉄道線路名称の制定により高崎 - 新潟間が信越線と命名される。
- 19115月1日:二本木駅が開業。
- 19218月15日:脇野田信号所(1918年11月1日開設)を駅に変更し、脇野田駅が開業。
- 192810月26日:春日山駅が開業。
- 19557月15日:北新井駅が開業。
- 196112月10日:南高田駅が開業。
- 19668月24日:当線を含む長野 - 直江津間が電化(直流1,500V)。
- 196910月1日:田口駅を妙高高原駅に改称。
- 19785月18日:白田切川の土石流災害により妙高高原 - 関山間が被災。大船渡線用のトラス橋を転用して復旧し、9月6日に運転再開。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により(信越本線を含め)東日本旅客鉄道に継承。
- 201410月19日:脇野田駅周辺の新線の運用を開始し、同駅を西側120mの地点(新幹線駅西側)へ移設。
- 20153月14日:北陸新幹線金沢延伸に伴い、直江津 - 妙高高原間がえちごトキめき鉄道に移管され、路線名を妙高はねうまラインに改称。脇野田駅を上越妙高駅に改称。
- 20164月23日:観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花」の運転を開始。
- 20174月7日:運行指令をJRから分離し、日本海ひすいラインと統合。
- 20263月14日:妙高高原駅で交通系ICカードのSuicaが利用可能になる(同駅では北しなの線のみ利用可)。
出典
事実確認日:2026年6月14日