歴史
当路線は珍しい上下分離方式を採っており、京成電鉄が全線で第二種鉄道事業者として旅客運送を行い、線路を保有する4社に線路使用料を支払っている。京成高砂–小室間は北総鉄道が、小室–印旛日本医大間は千葉ニュータウン鉄道が、印旛日本医大から成田空港高速鉄道線との接続点までは成田高速鉄道アクセスが、その先の成田空港までは成田空港高速鉄道が、それぞれ線路を保有する。このうち京成高砂–印旛日本医大間の32.3キロメートルは施設上は既存の北総鉄道北総線であり、両者の共用区間となっているほか、空港寄りの区間は京成本線の一部と重複している。当路線には「スカイライナー」と料金不要の「アクセス特急」の2種別が走り、京成高砂から先は都心方面・都営浅草線・京急線・羽田空港へと直通運転が行われている。
当路線の起源は1982年の調査にさかのぼる。同年5月31日、新東京国際空港アクセス関連高速鉄道調査委員会が運輸省に対し3つの案を答申した。すなわち、中止された成田新幹線計画のルートを再整備するA案、東京側から高砂・小室を経て北総線を東へ延伸し空港に至るB案、そして既存の成田線を分岐して空港に直結させるC案である。1984年11月1日に運輸省はB案ルートを推進すると発表し、1985年7月11日には同計画が運輸政策審議会答申第7号に位置付けられた。しかし先に実現したのはC案で、1991年に成田線空港支線と京成本線の支線として開業し、JR「成田エクスプレス」のルートとなった一方、B案は停滞した。
B案は1990年代末に再び動き出した。1999年3月23日に「成田新高速鉄道事業化推進検討委員会」が設立され、2000年1月27日には運輸政策審議会答申第18号で2015年までに開業することが適当な路線として位置付けられた。線路を保有する成田高速鉄道アクセス株式会社が2002年4月25日に設立され、同社(第3種)および京成電鉄(第2種)の鉄道事業は2002年7月5日に許可された。国土交通大臣は2005年12月21日に新線の工事施行を認可し、2006年2月4日には成田で起工式が行われた。
建設は既存路線の改良と完全な新線建設を組み合わせたものであった。京成高砂–印旛日本医大間の北総線32.3キロメートルは高速運転に対応するよう改良され、印旛日本医大から空港までは約19.1キロメートルの複線が新たに建設された。新線部分は、中止された成田新幹線のために整備されていた未使用の高架橋や用地を一部活用している。新線は印旛沼の湿地を橋梁で横断するが、野鳥の多いこの地域をめぐる環境上の懸念から、計画段階で見直しや保全措置がとられた。新線上の中間駅は2009年4月28日の公募により「成田湯川」と命名され、同年12月16日に京成電鉄は路線の正式名称、決定した「成田スカイアクセス」の愛称、特急の停車駅、認可運賃を公表した。総事業費は約1,261億円であった。
路線は2010年3月に完工し、同年3月25日に始まった約4か月の乗務員習熟訓練運転を経て、7月17日に開業して「スカイライナー」の運転が始まった。新たな経路は従来の京成本線経由よりはるかに直線的であるため、最速の日暮里–空港第2ビル間は51分から36分へと15分短縮された。印旛日本医大–空港第2ビル間の最高速度160キロメートル毎時は、成田湯川の約135メートルに及ぶノーズ可動式分岐器などを備えた専用の軌道上で実現され、「スカイライナー」にのみ現示される高速進行(GG)信号によって支えられている。2015年に北越急行ほくほく線の特急「はくたか」が廃止されて以降、これは実運用としては日本で唯一の160キロメートル毎時運転となっている。
開業後、当路線では一連のダイヤ改正が重ねられた。2011年3月11日の東日本大震災では、都営浅草線・京急線との相互直通運転および「スカイライナー」の運転が休止し、その後数日かけて順次再開された。2022年2月26日のダイヤ改正からは都営5500形がアクセス特急の運用に入り、2022年11月26日からは青砥駅に停車する一部の「スカイライナー」に新鎌ヶ谷駅が停車駅として追加され、千葉県の柏・松戸方面へのアクセスが改善された。今日、当路線は東京都心と成田空港を結ぶ主要な高速鉄道であり、より所要時間の長い京成本線やJRの「成田エクスプレス」を補完している。
年表
- 19825月31日:新東京国際空港アクセス関連高速鉄道調査委員会が運輸省にA・B・Cの3案を答申。
- 198411月1日:運輸省が、北総線を東へ延伸するB案ルートを推進すると発表。
- 19857月11日:計画が運輸政策審議会答申第7号に位置付けられる。
- 19993月23日:「成田新高速鉄道事業化推進検討委員会」が設立される。
- 20001月27日:運輸政策審議会答申第18号で、2015年までに開業することが適当な路線として位置付けられる。
- 20024月25日:施設保有会社の成田高速鉄道アクセス株式会社が設立。7月5日、同社(第3種)と京成電鉄(第2種)の鉄道事業が許可される。
- 200512月21日:国土交通大臣が成田高速鉄道アクセス線の工事施行を認可。
- 20062月4日:成田で起工式が行われ、新線建設と既存路線の改良が始まる。
- 20094月28日:新駅が公募により「成田湯川」と命名。12月16日、京成電鉄が路線の正式名称・「成田スカイアクセス」の愛称・停車駅・運賃を公表。
- 20107月17日:3月25日から約4か月の乗務員習熟訓練運転を経て開業。最高160km/hの「スカイライナー」運転を開始し、最速の日暮里–空港第2ビル間が51分から36分に短縮。総事業費は約1,261億円。
- 20113月11日:東日本大震災により、都営浅草線・京急線との相互直通運転および「スカイライナー」の運転が休止。その後数日かけて再開。
- 20222月26日:都営5500形がアクセス特急の運用を開始。
- 202211月26日:青砥駅に停車する一部の「スカイライナー」に新鎌ヶ谷駅が停車駅として追加され、柏・松戸方面へのアクセスが改善。
出典
事実確認日:2026年6月14日