歴史
この路線は私鉄として始まった。1916年7月1日、阿波電気軌道が古川から中原・吉成・池谷を経て撫養に至る路線を開業した。この当初の経路のうち吉成 - 池谷間は現在の高徳線の一部となっており、残る池谷 - 撫養間が現在の鳴門線のもととなっている。開業後、駅は徐々に追加され、現在の教会前駅は1924年1月1日に天理教前駅として開業した。
1926年、運営会社は阿波電気軌道から阿波鉄道へと社名を変更した。その2年後の1928年1月18日、それまで撫養と称していたゑびす前駅と、同じく撫養と名づけられた新たな終点との間の最終区間が開業し、現在の鳴門に至る経路が全通した。同じ日に、それまでの撫養駅はゑびす前駅に改称された。この延伸によって、本線は市の縁に位置する現在の北端を得た。
阿波鉄道は1933年7月1日に国有化されて阿波線という国有路線となり、同時にゑびす前駅は蛭子前駅に改称された。続いて1935年には、より大きな再編が行われた。3月20日に高徳本線が全通すると、吉成 - 池谷間はその幹線へ編入され、短い古川 - 吉成間は廃止されて、残る池谷 - 撫養間が撫養線と称されることになった。こうして支線は、現在とほぼ同じ形と役割を帯びることとなった。
さらに二つの変更が、本線の現在の姿を定めた。1948年8月1日には駅名が整理され、蛭子前駅が撫養駅に戻る一方、1928年に開業した撫養駅は鳴門駅に改称された。そして1952年3月1日、路線そのものがこの終点にちなんで鳴門線と改称された。1961年4月15日には新たな中間駅である阿波大谷駅が開業し、本線は現在の駅構成に近づいた。
1970年代以降、本線は地方輸送路線として近代化・合理化が進められた。1977年3月15日には列車集中制御装置(CTC)が導入され、1984年2月1日には貨物営業が廃止された。1987年4月1日の国鉄分割民営化により、鳴門線は新たに発足した四国旅客鉄道に承継され、以後同社が運営している。1989年4月10日にはワンマン運転が開始され、本線の少ない利用者数を反映するものとなった。
今日、鳴門線は静かな地方の支線であり続けており、その列車はおおむね池谷から先、高徳線に直通して徳島まで運行され、鳴門と県都とを直接結ぶ鉄道の足を提供している。2006年6月1日からは「鳴門きんときライナー」と銘打った季節列車が徳島 - 鳴門間で運行され、同年11月30日まで続いた。本線は現在も、池谷 - 鳴門間の8.5キロメートルの区間で、通勤客や地域の利用者を運び続けている。
年表
- 19167月1日:阿波電気軌道が古川 - 中原 - 吉成 - 池谷 - 撫養間を開業。池谷 - 撫養間が現在の鳴門線のもととなる。
- 19241月1日:現在の教会前駅が、天理教前駅として開業。
- 19264月30日:阿波電気軌道が阿波鉄道に社名変更。
- 19281月18日:ゑびす前(現・撫養) - 撫養(現・鳴門)間が開業し全通。撫養駅をゑびす前駅に改称。
- 19337月1日:国有化され阿波線となる。ゑびす前駅を蛭子前駅に改称。
- 19353月20日:高徳本線の全通に伴い、池谷 - 撫養間が撫養線となる。吉成 - 池谷間を高徳本線へ編入し、古川 - 吉成間を廃止。
- 19488月1日:蛭子前駅を撫養駅に、1928年開業の撫養駅を鳴門駅に改称。
- 19523月1日:鳴門線に改称。
- 19614月15日:阿波大谷駅開業。
- 19773月15日:CTC化。
- 19842月1日:貨物営業廃止。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により四国旅客鉄道に承継。
- 19894月10日:ワンマン運転開始。
- 20066月1日:徳島 - 鳴門間で「鳴門きんときライナー」が運行を開始(11月30日まで)。
出典
事実確認日:2026年6月14日