JR線·約4分で読めます

日暮里・舎人ライナー

Nippori–Toneri Liner

日暮里・舎人ライナー(にっぽり・とねりライナー)は、東京都北東部を走る営業キロ9.7キロメートルの案内軌条式鉄道(自動案内軌条式旅客輸送システム、AGT)で、荒川区の日暮里駅から足立区の見沼代親水公園駅までを結ぶ。東京都が所有し、東京都交通局(都営)が運営する全線高架・複線の路線で、駅数は13。電化方式は三相交流600ボルト・50ヘルツ、ゴムタイヤを用いた側方案内式の車両がコンピュータ制御による完全自動運転で走り、運転士は乗務しない。所要時間は端から端まで約20分である。鉄道空白地帯であった足立区西部に交通を供給するため2008年3月30日に開業し、東京都が運営するAGTはこの1路線のみである。

東京足立区北区荒川区墨田区豊島区台東区2 km
日暮里・舎人ライナーの路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この沿線は長く交通の谷間であった。足立区西部や尾久橋通り(東京都道58号台東川口線)沿線は既存の鉄道から離れており、輸送は日暮里と舎人方面を結ぶ都営バス里48系統が大変な混雑で担っていた。この道路は足立トラックターミナル(1977年開設)や北足立市場(1979年開設)などへの大型車の通行量も多く、慢性的な交通渋滞のためバスの定時運行がしばしば困難となり、大量輸送を定時に行える鉄・軌道による何らかの輸送が望まれていた。

鉄道誘致の動きは1974年、自民党足立支部の幹部であった小金井俊輔の提唱により鉄道を誘致する活動が始まったことに端を発する。本路線は1985年7月の運輸政策審議会答申第7号において、ほぼ都営バス里48系統の路線を中量輸送機関に置き換えるべく位置付けられた。当初は地下鉄7号線(現在の南北線)の一部として計画されていたが、財政問題や採算性などから、尾久橋通り上を走るより低コストなAGTへと変更された。こうした財政状況を反映して、軌道事業特許は1995年、工事施行認可は1997年と大幅に遅れ、同年12月1日に着工された。事業主体の決定や荒川区側の用地買収に時間がかかったこともあり、開業は当初計画されていた1999年度から2002年度、さらに2008年3月30日へと、2度にわたって延期された。

開業後の運営は当初、都営大江戸線の一部を建設した東京都地下鉄建設が予定されていた。しかし採算上の観点と都営交通ネットワークの充実を図る目的から、東京都交通局が同社から軌道事業の特許を譲り受け、運営も同局が行うことが決定した。インフラは二つの都の部局に分担され、支柱や桁は都市計画道路事業として東京都建設局が、軌道・駅舎などの鉄道施設は都市計画都市高速鉄道事業として東京都地下鉄建設が建設する方式が採られた。

路線名は一般公募で決められた。東京都交通局および東京都地下鉄建設が2006年8月15日から31日まで応募を募り、選考委員会の審議を経て路線名は「日暮里・舎人ライナー」と決定、同年11月13日に駅名とともに報道発表された。2008年3月30日、日暮里 - 見沼代親水公園間が9.7キロメートル・13駅で開業した。本路線は1981年に開業した大阪市営の南港ポートタウン線(ニュートラム)に次ぐ日本で2例目の公営AGTであり、ニュートラムが2018年に大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)へ移管された後は、公営交通による日本唯一のAGT路線となっている。

需要は計画側の慎重な想定を上回った。1995年の特許取得時には1日平均乗車人員を約101,000人と予測していたが、2003年度に59,000人へ下方修正され、これに基づいてAGTの採用や車両編成が決定した。開業初年度の2008年度の1日平均輸送人員は48,943人であったが、2010年度には早くも2003年度時点の予測を達成し、その後も増加を続けて2019年度には約90,737人、2024年度には95,240人に達した。その裏返しとして、最混雑区間である赤土小学校前から西日暮里方面のラッシュ時の混雑は年を追うごとに激しくなった。交通局は度重なるダイヤ改正と運転間隔の短縮(朝の間隔は最小で約3分にまで詰められた)、そして車両の更新で対応し、2008年の300形に加え、全車ロングシートの330形を2015年から、320形を2017年から投入して輸送力を高めた。それでもなお、本路線は日本屈指の混雑路線となった。

運行面では二つの出来事が際立つ。2011年3月11日の東日本大震災では全線が運休となったが、設備点検の結果、3月13日14時から運転を再開し、9月9日まで節電ダイヤで運転された。次いで2021年10月7日深夜、マグニチュード5.9の地震により列車の3両が22時41分ごろに一部脱線し、乗客3人が負傷したが死者はなく、復旧には数日を要すると見込まれた。一方、混雑問題は本路線を象徴する課題となり、混雑率は2018年度・2019年度に189%まで上昇、2020年度から2024年度まで5年連続で日本一を記録した。2024年度のピーク時の混雑率は、赤土小学校前 → 西日暮里間で177%であった。

年表

  • 1974自民党足立支部の幹部であった小金井俊輔の提唱により、鉄道を誘致する活動が始まる。
  • 19857月:運輸政策審議会答申第7号で、都営バス里48系統を中量輸送機関に置き換えるべく路線が位置付けられる。当初は地下鉄7号線(現・南北線)の一部として計画。
  • 1995軌道事業特許を取得。
  • 199712月1日:工事施行認可を受けて着工。財政問題などから地下鉄案は尾久橋通り上のAGTに変更されていた。
  • 20068月15日 - 31日:路線名の一般公募が行われる。
  • 200611月13日:路線名「日暮里・舎人ライナー」と駅名が報道発表される。
  • 20083月30日:日暮里 - 見沼代親水公園間が9.7km・13駅で開業。1981年の大阪・ニュートラムに次ぐ日本で2例目の公営AGT。開業年度(2008年度)の1日平均輸送人員は48,943人。
  • 20087月12日:開業後初のダイヤ改正で増発を行うとともに、日暮里駅付近の急曲線通過時の事故防止のため曲線通過速度の見直しを実施。
  • 20113月11日:東日本大震災で全線運休。3月13日14時に運転再開し、以後9月9日まで節電ダイヤで運転。
  • 201510月10日:アルミ車体・全ロングシートの330形が営業運転を開始し、輸送力を増強。
  • 20175月10日:320形(21編成)が営業運転を開始。
  • 20182018年度、朝ラッシュ時の赤土小学校前 → 西日暮里間で混雑率が189%に達し、東京でも屈指の混雑となる。
  • 202110月7日:マグニチュード5.9の地震により列車の3両が22時41分ごろ一部脱線。乗客3人が負傷したが死者はなし。
  • 20242024年度:2020年度以来5年連続で混雑率日本一を記録。ピーク時は赤土小学校前 → 西日暮里間で177%、1日平均輸送人員は95,240人。

出典