歴史
この路線は、日本国有鉄道の岩日線(がんにちせん)として始まった。最初の区間である川西駅から森ヶ原信号場を経て河山駅までの27.9キロメートルが1960年11月1日に開業し、御庄・南河内・北河内・椋野・南桑・根笠・河山の7駅が新設された。1963年10月1日には河山駅から錦町駅までの4.8キロメートルが旅客営業のみで延伸開業し、柳瀬駅と錦町駅が開業して、路線は現在の32.7キロメートルとなった。
国鉄時代にも、この路線は着実に近代化が進められた。1965年11月1日には自動列車停止装置(ATS-S)の使用が始まり、1967年4月には蒸気機関車の運転が終了した。1971年3月1日には行波仮乗降場が開業した。1974年10月1日には川西駅 - 河山駅間の貨物営業が廃止され、以後この路線は旅客輸送のみを担うこととなった。
岩日線は、もともとより長い路線の一部として構想されていた。岩日北線と呼ばれる北への延伸区間は、錦町から島根県の日原まで延び、そこで山口線と接続する計画であった。この延伸区間の建設は1967年に始まり、錦町以北の山中にトンネルや橋梁が築かれて路盤のおよそ半分まで完成したところで、1980年に工事が凍結された。この区間が鉄道として開業することはなく、未成の路盤の一部はのちに遊覧用のコースとして活用された。
利用の少ない多くの地方路線と同じく、岩日線も国鉄の再建の渦中に置かれた。1984年6月22日、輸送量の少ない廃止・転換対象の路線である第2次特定地方交通線として廃止が承認された。地元は路線をそのまま廃止するのではなく存続させる道を選び、1986年11月14日には第三セクター鉄道へ転換することが決定された。
1987年4月1日の国鉄分割民営化に際して、この路線はまず西日本旅客鉄道(JR西日本)に承継され、同日に行波仮乗降場が駅へと格上げされた。民営事業者への転換はその数か月後に続き、1987年7月25日にJR岩日線が廃止されると、同日、錦川鉄道の錦川清流線として開業した。これが同社唯一の路線である。
錦川鉄道のもとでも路線は変化を続けた。1991年3月16日には北河内駅 - 錦町駅間で特殊自動閉塞式の使用が始まり、1993年3月18日には守内かさ神駅が開業した。2013年3月16日には御庄駅が、近隣の山陽新幹線との乗り換えを反映して清流新岩国駅に改称された。沿線の景観はこの路線の個性の中心に据えられ、2019年3月19日には、南桑駅と根笠駅の間に、錦川を望むために設けられイベント臨時列車のみが停車する展望駅である清流みはらし駅が開業した。
この路線が川の谷に依存していることは、水害への弱さも意味している。平成30年(2018年)7月豪雨の際には、2018年7月6日から全線が不通となった。7月18日には北河内駅 - 錦町駅間で運転が再開され、岩国駅 - 北河内駅間はバス代行が行われ、2018年8月27日に全線で運転が再開された。今日、錦川清流線は、その名の由来となった川の景観を主な魅力とする観光志向の地方鉄道として存続している。
年表
- 196011月1日:国鉄岩日線として川西駅 - 森ヶ原信号場 - 河山駅間(27.9km)が開業し、7駅が新設される。
- 196310月1日:河山駅 - 錦町駅間(4.8km)が旅客営業のみで延伸開業し、現在の32.7kmとなる。
- 196511月1日:自動列車停止装置(ATS-S)の使用を開始。
- 19674月:蒸気機関車の運転を終了。この年、錦町から日原方面への岩日北線延伸区間の建設も始まる。
- 19713月1日:行波仮乗降場が開業。
- 197410月1日:川西駅 - 河山駅間の貨物営業を廃止。
- 1980錦町 - 日原間の延伸(岩日北線)は路盤のおよそ半分が完成した状態で建設が凍結され、鉄道として開業することはなかった。
- 19846月22日:第2次特定地方交通線として廃止が承認される。
- 198611月14日:第三セクター鉄道への転換が決定される。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)が承継。行波仮乗降場を行波駅に格上げ。
- 19877月25日:JR岩日線が廃止され、同日、錦川鉄道錦川清流線として開業(転換)。同社唯一の路線である。
- 19913月16日:北河内駅 - 錦町駅間で特殊自動閉塞式の使用を開始。
- 19933月18日:守内かさ神駅が開業。
- 20133月16日:御庄駅を清流新岩国駅に改称。
- 20187月6日:平成30年7月豪雨により全線が不通となる。7月18日に北河内駅 - 錦町駅間で運転を再開(残りはバス代行)、8月27日に全線で運転を再開。
- 20193月19日:南桑駅 - 根笠駅間に、錦川を望みイベント臨時列車のみが停車する清流みはらし駅が開業。
出典
事実確認日:2026年6月14日