JR線·約3分で読めます

大洗鹿島線

Ōarai Kashima Line

大洗鹿島線(おおあらいかしません)は、茨城県内を走る営業キロ53.0キロメートルの鉄道路線で、第三セクターの鹿島臨海鉄道が運営している。県都の水戸駅を起点に、大洗を経て南東へ向かい、鹿嶋市の鹿島サッカースタジアム駅に至り、列車はそのままJR東日本鹿島線へ乗り入れて鹿島神宮まで直通する。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、全線が単線かつ非電化であり、同社所有の気動車によって運行されている。沿線では、水族館(アクアワールド・大洗)や大洗マリンタワー、大洗サンビーチといった海辺の行楽地を擁する大洗を通り、地域の通勤客と行楽客の双方に利用される路線となっている。

行方市小美玉市茨城町ひたちなか市潮来市10 km
大洗鹿島線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線の起源は、第三セクターの事業者ではなく、日本国有鉄道(国鉄)にある。国鉄の鹿島線(香取 - 北鹿島、改正鉄道敷設法別表第39号の2に当たる)は1970年に開業し、北鹿島から北の水戸へ至る鉄道を延伸する計画が同じ枠組みのもとで進められていた。この北側の路線は日本鉄道建設公団によって建設された。新線の起工式は1967年3月16日に行われ、水戸 - 北鹿島間の工事は1971年4月に着工された。

路線がなお建設中であった時期に、国鉄は経営難を深めており、赤字の地方交通線を分離する方針のもとで、この路線を国鉄直営で開業することは不可能と判断し、代わって第三セクター鉄道による運営を希望した。開業後の輸送密度が1日4,000人以上見込めるとされたことから、工事は凍結されずに続行された。1984年、茨城県は、それまで鹿島臨港線(貨物線)を運営してきた鹿島臨海鉄道にこの路線を引き受けさせることを決定した。

大洗鹿島線は1985年3月14日に開業し、水戸 - 北鹿島(現在の鹿島サッカースタジアム駅)間の53.0キロメートルを結んだ。建設途中の国鉄新線が、工事凍結を免れて第三セクター線として開業した、全国で初めての路線であった。開業当初から、列車は北鹿島から先、国鉄(のちのJR)鹿島線へ乗り入れて鹿島神宮まで直通し、あわせて快速が運転を開始した。

開業後の最初の10年間、路線は旅客と貨物の双方を担う路線として発展した。全線での貨物営業は1989年11月1日に始まった。最高速度は1990年3月10日に85km/hから90km/hへ引き上げられた。1992年7月23日には、7000形気動車による快速「マリンライナーはまなす」の運転が始まった。北鹿島駅は1994年3月12日に鹿島サッカースタジアム駅へ改称され、近接するスタジアムの玄関口となった。同駅は貨物駅・信号場としては常設だが、旅客扱いは一部の試合開催日に限られ、直通の旅客は佐原方面へは鹿島神宮で乗り換える。貨物列車の設定は1996年3月16日に廃止され、2001年4月1日には当線でワンマン運転が開始された。

路線は東日本大震災によって大きな被害を受けた。2011年3月11日、太平洋沖で発生した東北地方太平洋沖地震により全線が不通となった。運転は段階的に再開され、水戸 - 大洗間が2011年4月2日に、大洋 - 鹿島サッカースタジアム間が4月7日に運転を再開し、JR鹿島線との直通運転は4月16日に再開された。最後に残った大洋 - 新鉾田間が7月12日に再開し、全線での運行が復旧した。

現在も大洗鹿島線は、茨城県南東部を走る単線・非電化の第三セクター路線として、気動車による地域輸送を担っている。鹿島サッカースタジアムから先、JR鹿島線へ乗り入れて鹿島神宮まで直通することで、水戸地区と鹿嶋地区を結び、さらに鹿島神宮での接続を介して佐原方面のJR路線網ともつながっている。沿線の海辺の町・大洗は、今も来訪者を集める見どころであり続けている。

年表

  • 19673月16日:国鉄新線の起工式が行われる。
  • 1970国鉄の鹿島線(香取 - 北鹿島)が開業。北鹿島から水戸へ向けて北に延びる鉄道が日本鉄道建設公団により建設中であった。
  • 19714月:水戸 - 北鹿島間の工事が着工される。
  • 1984茨城県が、建設途中の路線を、鹿島臨港線(貨物線)を運営してきた鹿島臨海鉄道に引き受けさせることを決定。国鉄は地方交通線の分離方針から直営での開業は不可能とした。
  • 19853月14日:大洗鹿島線が水戸 - 北鹿島(現・鹿島サッカースタジアム)間53.0kmで開業。建設途中の国鉄新線が第三セクター線として開業した全国初の路線。国鉄鹿島線鹿島神宮駅まで直通運転し、快速の運転を開始。
  • 198911月1日:全線で貨物営業を開始。
  • 19903月10日:最高速度を85km/hから90km/hに引き上げ。
  • 19927月23日:7000形気動車による快速「マリンライナーはまなす」の運転を開始。
  • 19943月12日:北鹿島駅を鹿島サッカースタジアム駅に改称。
  • 19963月16日:貨物列車の設定を廃止。
  • 20014月1日:当線でワンマン運転を開始。
  • 20113月11日:東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の被害を受け、全線が不通となる。
  • 20114月2日:水戸 - 大洗間が運転を再開。4月7日:大洋 - 鹿島サッカースタジアム間が運転を再開。4月16日:JR鹿島線との直通運転を再開。
  • 20117月12日:最後に残った大洋 - 新鉾田間が運転を再開し、全線で運行を復旧。

出典