歴史
この路線は京成電鉄の創業そのものにさかのぼる。1912年(大正元年)11月3日、京成電気軌道は最初の区間として、押上から曲金(1913年に高砂と改称、現在の京成高砂)を経て伊予田(現在の江戸川)に至る区間を、現在の金町線の一部とともに開業した。押上駅はこうして京成の最初の東京側ターミナルであり、押上 - 青砥間は同社の本線の一部を成していた。路線は軌間1,372ミリメートルで敷設され、当初は現在も通り抜ける密集した下町の中を走る併用軌道を含んでいた。
初期の経路は、公共事業と着実な延伸によって作り替えられていった。1922年(大正11年)6月5日、荒川放水路の開削のため、現在の八広・立石付近の区間が併用軌道から専用軌道の新線に切り替えられ、京成全線から最後の併用軌道が姿を消した。新駅の開業も続き、荒川駅(現在の八広駅)が1923年(大正12年)7月11日に、青砥駅が1928年(昭和3年)11月1日に開業し、1931年(昭和6年)11月には曳舟駅・立石駅がそれぞれ京成曳舟駅・京成立石駅と改称された。
より直接的に東京へ向かう経路の開業が、この路線の役割を改めることになった。京成は当初、押上から浅草方面への延伸を目指していたが、計画を変更し、上野公園(現在の京成上野)から日暮里を経て青砥に至る路線が1932年に開業すると、そちらが本線の地位を引き継いだ。1944年(昭和19年)には上野公園 - 京成成田間が正式に本線とされ、押上 - 青砥間が押上線とされた。1945年(昭和20年)2月20日には、全線が軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道へと変更された。
最も大きな変化は1960年前後に訪れた。1959年(昭和34年)11月11日、全線が軌間1,372ミリメートルから1,435ミリメートルの標準軌へと改軌され、1960年(昭和35年)12月4日には東京都交通局の1号線(現在の都営浅草線)との直通運転が始まった。これは日本初の私鉄と地下鉄との直通運転であり、押上線を京成の都心直結路線としての役割に立ち返らせた。以後この路線は、本線のターミナルである京成上野駅・日暮里駅よりも多くの乗客を輸送し、本線から都営地下鉄を介して東京都心へと列車を送り込むようになった。
その後の各年代を通じて、路線は地域ネットワークの中にいっそう深く組み込まれていった。1991年に北総線が京成高砂駅まで達すると、押上線は北総方面と都心とを結ぶ経路の一部となり、京急各線への直通とあわせて、成田空港と羽田空港を1本の列車で結ぶ流れの一翼を担うようになった。2010年(平成22年)7月17日に成田スカイアクセス線が開業すると、押上線に新たにアクセス特急が設定され、従来の急行は廃止された。同じ時期に、この路線の金町線との直通運転も終了している。こうして押上線は、京成本線と都心とを結ぶ連絡線としての役割に加えて、両空港へのアクセスを受け持つ中継線としての役割を併せ持つようになった。
近年、この路線は踏切を解消するための連続立体交差化が順次進められてきた。押上 - 八広間は京成曳舟駅を含めて2015年(平成27年)8月22日までに高架化が完成し、このとき路線の保安装置はC-ATSに切り替えられた。四ツ木 - 青砥間でもさらなる高架化工事が予定されている。今日、押上線は実質的に京成の本線として機能しており、混雑も激しく、2024年度には最混雑区間である京成曳舟 - 押上間のピーク時混雑率が138パーセントに達した。ただし、京成の看板列車であるスカイライナーは押上線には入らず、本線のターミナルである京成上野駅を発着している。
年表
- 191211月3日:京成電気軌道が最初の区間、押上 - 曲金(現・京成高砂) - 伊予田(現・江戸川)間を軌間1,372mmで開業。押上が京成の最初の東京側ターミナルとなる。
- 19226月5日:荒川放水路の開削のため、現在の八広 - 立石付近を併用軌道から専用軌道の新線に切り替え。京成全線から併用軌道が消滅。
- 19237月11日:荒川駅(現・八広駅)が開業。
- 192811月1日:青砥駅が開業。
- 1932上野公園(現・京成上野) - 日暮里 - 青砥間の経路が開業して本線の地位を引き継ぐ。9月1日には押上 - 京成曳舟間に京成請地駅が開業。
- 1944上野公園 - 京成成田間を本線、押上 - 青砥間を押上線とする。
- 19452月20日:全線を軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更。
- 19473月1日:休止していた京成請地駅・向島駅を廃止。
- 195911月11日:全線を標準軌(1,435mm軌間)に改軌。
- 196012月4日:都営地下鉄1号線(現・浅草線)との相互直通運転を開始。私鉄と地下鉄の直通運転は日本初。
- 19911月5日:旧荒川橋梁にタンカーが激突してレールが曲がり、荒川 - 四ツ木間が数日間運休。同年、北総線が京成高砂駅まで延伸。
- 19944月1日:荒川駅を八広駅に改称。
- 20107月17日:成田スカイアクセス線開業に伴い、アクセス特急を新設し、急行を廃止。7月7日には金町線との直通運転を終了。
- 20158月22日:押上 - 八広間(京成曳舟駅を含む)の高架化が完成し、全線の保安装置をC-ATSに切り替え。
出典
事実確認日:2026年6月14日