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鴨東線

Keihan Ōtō Line

鴨東線(おうとうせん)は、京都府京都市で京阪電気鉄道が運営する営業距離2.3キロメートルの鉄道路線で、鴨川の東岸沿いを地下で走り、東山区の三条駅から左京区の出町柳駅へと北上する。軌間1,435ミリメートルの標準軌で直流1,500ボルトにより電化された複線の路線で、駅はわずか3駅であるが、京都中心部の重要な交通の動脈として機能している。京阪本線を北へ延長する形で運行されており、すべての列車が京阪本線、さらに大阪方面の京阪中之島線へと直通している。

京都東山区山科区中京区下京区上京区2 km
鴨東線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

路線名は鴨川の東岸を通る経路に由来し、全線が京阪本線の地下延長として川端通の下に建設された。1989年の開業により、出町柳で京阪本線と叡山電鉄を結ぶ鉄道の連絡が再び確立された。この連絡は1978年に京都市電が廃止された際に途切れており、両者の路線網は十年以上にわたって接続されないままとなっていた。

この区間に鉄道を通す構想は古くからあった。1924年8月29日、京福電気鉄道の前身である京都電燈が出町柳 - 三条間の地方鉄道敷設免許を取得し、京阪電気鉄道も1950年4月10日に「鴨東線建設準備委員会」を発足させた。しかし実現は遅く、計画が紙の上から建設へと動き出すまでには数十年を要した。

本格的な推進は専用の会社を通じて進められた。1972年7月1日、計画を担うために鴨川電気鉄道が設立された。出町柳 - 三条間を対象とする旧来の京福の免許は1974年2月20日に失効し、1974年2月25日には鴨川電気鉄道が同じ出町柳 - 三条間の地方鉄道敷設免許を独自に取得して、後に建設される路線への道が開かれた。

さらに準備が進められたのち、1984年11月30日に鴨東線建設工事の起工式が挙行された。開業が近づくと会社の体制も整理され、1989年4月1日に京阪電気鉄道が鴨川電気鉄道を合併し、開業を前に計画を完全に京阪自身の管理下に置いた。

鴨東線は1989年10月5日に開業した。開業に伴うダイヤ改正は実際には先行して9月27日に実施されており、10月5日正午までは、定期旅客運行が始まる前に新線内を回送列車として運行していた。路線の建設費および利子の返済(69億円とされる)の回収に充てるため、この路線を利用する乗車には通常運賃に60円の加算運賃が上乗せされている。2016年度末時点での回収率は31.8%で、その大半がこの加算運賃によって賄われている。

その後、二つの変更が路線を整えた。2008年10月19日には、京都市営地下鉄烏丸線に同名の駅があったため、当線の丸太町駅が神宮丸太町駅に改称された。2015年12月5日には、鴨東線でK-ATS(自動列車停止装置)の使用が開始された。今日、三条・神宮丸太町・出町柳という3つの駅が、短いながらも利用の多いこの路線を支えており、三条では京都市営地下鉄東西線に、出町柳では叡山電鉄叡山本線に乗り換えることができる。

年表

  • 19248月29日:京福電気鉄道の前身である京都電燈が、出町柳 - 三条間の地方鉄道敷設免許を取得。
  • 19504月10日:京阪電気鉄道が「鴨東線建設準備委員会」を発足。
  • 19727月1日:計画を推進するため鴨川電気鉄道を設立。
  • 19742月20日:京福電気鉄道の出町柳 - 三条間の地方鉄道敷設免許が失効。2月25日:鴨川電気鉄道が出町柳 - 三条間の地方鉄道敷設免許を取得。
  • 198411月30日:鴨東線建設工事の起工式を挙行。
  • 19894月1日:京阪電気鉄道が鴨川電気鉄道を合併。
  • 198910月5日:鴨東線として開業。これに伴うダイヤ改正は9月27日に先行して行われ、10月5日正午までは鴨東線内を回送列車として運行していた。
  • 200810月19日:京都市営地下鉄烏丸線に同名の丸太町駅があるため、当線の丸太町駅を神宮丸太町駅に改称。
  • 201512月5日:鴨東線でK-ATSの使用を開始。

出典