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奥羽線

Ōu Main Line

奥羽本線(おううほんせん)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する在来線の幹線である。福島駅から秋田駅を経て青森駅へと北上し、営業距離は486.3 km(うち福島駅 - 青森駅間の484.5 kmがJR東日本の路線)である。路線名は、結ぶ二つの旧国名、すなわち陸奥(むつ)の「奥」と出羽(でわ)の「羽」に由来し、出羽を南北に貫いて陸奥の両端を結ぶことを表す。現在、福島駅 - 新庄駅間は「山形線」の愛称で呼ばれる。

奥羽線の路線図 · 県境: 国土数値情報(国交省)

歴史

この路線は官設鉄道として、互いに近づいていく二つの区間に分けて建設された。奥羽北線は1894年に青森から、奥羽南線は1899年に福島から着工され、1905年に両者が結ばれた。北側は青森方から段階的に開業し、1894年12月1日に青森駅 - 弘前駅間(当初は1日3往復の運行)、1895年に弘前駅 - 碇ケ関駅間が開業し、その後大館・能代・秋田・大曲を経て、1905年6月15日に横手駅へ達した。南側は福島方から延び、1899年5月15日に福島駅 - 米沢駅間、続いて山形・新庄・湯沢を経て、1905年9月14日に湯沢駅 - 横手駅間が開業して福島駅 - 青森駅間が全通した。1909年、同年10月12日の国有鉄道線路名称制定により、福島駅 - 青森駅間が正式に「奥羽本線」と定められた。

この路線の最大の難所は、南側の山越え区間にある。福島を出ると福島・山形県境の板谷峠を越え、その勾配は38.0パーミル(峠駅 - 大沢駅間など、線内で最も急)に達し、板谷・峠・大沢といった山中の小駅は、登り勾配の本線から列車を退避させるためスイッチバック(折り返し式)の駅として設けられた。元はスイッチバック駅であった板谷駅は、改軌工事に合わせて1990年に通過式の駅へと改築された。さらに下流側の庭坂駅 - 赤岩駅間は地質が不安定で、1910年には開業時のトンネルの一つが崩落し、翌年に二本の新トンネルによる線路付け替えが行われた。1948年には同区間で乗務員3名が死亡する脱線事故が起き、地質の不安定さが原因と疑われ、1968年の複線化に合わせて再び付け替えが行われた。各区間の複線化は1963年以降進められた。

電化は段階的に進み、途中で方式が変わった。福島駅 - 米沢駅間は1949年に直流1,500 Vで、羽前千歳駅 - 山形駅間は接続する仙山線と併せて1960年に同じく直流で電化された。しかし仙山線での試験の結果、以降の電化はすべて交流20 kVが採用されることとなり、先の直流区間も1968年の米沢駅 - 山形駅間電化の際に新方式へ転換された。青森駅 - 秋田駅間は1971年に、秋田駅 - 羽前千歳駅間は1975年に、それぞれ交流20 kVで電化された。さらに後年、2024年7月の豪雨で新庄駅 - 院内駅間が数か月の運休を余儀なくされた後、同区間は復旧されたものの架線設備は廃止され、2025年4月25日に非電化で運転を再開した。これはJR東日本管内で二例目の非電化化であった。

奥羽本線の近代における変革は、二つの区間を標準軌へ改めた「ミニ新幹線」化であった。フル規格の新幹線は別線に1,435 mm軌間で建設され、高速だが建設費も高い。これに対しミニ新幹線方式は、既存の狭軌幹線を改軌して新幹線専用車両が直通できるようにするもので、車両限界も(ここでは)電圧も変えない。1987年の国鉄分割民営化の後、JR東日本は1,067 mm軌間の福島駅 - 山形駅間を1,435 mmへ改軌し、山形からの列車が東北新幹線を経て東京まで直通できるようにすることを決めた。福島駅 - 新庄駅間の線路は1988年から1992年にかけて改軌され、1992年7月1日に「つばさ」の名で山形新幹線が開業した。在来線区間の最高速度は130 km/hにとどまるが、福島での乗り換えがなくなったことで所要時間は短縮された。

山形での成功は、第二の改軌につながった。大曲駅 - 秋田駅間は1997年3月22日の秋田新幹線開業に合わせて「こまち」の名のもとに改軌され、山形新幹線は1999年に新庄まで延伸された。これらの改軌は大部分が単線の路線で行われたため、大曲駅 - 秋田駅間および山形駅 - 羽前千歳駅間にはそれぞれ1,435 mmと1,067 mmの並行線路が、神宮寺駅 - 峰吉川駅間には三線軌条(デュアルゲージ)区間が設けられ、標準軌の新幹線車両と存続する狭軌の普通列車の双方に対応し、新幹線が単線区間で行き違いできるようにした。

これらの変化により、全通していた路線は運転上四つの区間に分かれ、軌間が異なるため(秋田駅 - 新庄駅間の連絡を除き)二区間以上を直通する列車は基本的に存在しない。標準軌の福島駅 - 新庄駅間(148.6 km)は山形新幹線と線路を共用し、「山形線」と呼ばれる部分である。狭軌の新庄駅 - 大曲駅間(98.4 km)は秋田県へ越え、利用の少ない普通列車を主体とする。大曲駅 - 秋田駅間(51.7 km)は秋田新幹線と共用し、狭軌の秋田駅 - 青森駅間(185.8 km)は、特急・貨物列車の走る日本海縦貫線の一部を成す。改軌された区間の普通列車には、標準軌の701系5000番台が用いられる。路線は1987年4月1日の分割民営化でJR東日本が承継し、日本貨物鉄道が大部分の区間で貨物営業を担っている。

年表

  • 189412月1日:官設鉄道の奥羽北線最初の区間、青森駅 - 弘前駅間が開業(当初は1日3往復)。
  • 189510月21日:弘前駅 - 碇ケ関駅間が開業。
  • 18995月15日:福島駅 - 米沢駅間が開業し、南側区間の建設が始まる。同年、北側も碇ケ関駅 - 白沢駅間(6月21日)、白沢駅 - 大館駅間(11月15日)が延伸。
  • 19014月11日:米沢駅 - 山形駅間が開業し、南側区間が山形に達する。
  • 19056月15日:北側区間が横手駅に達する(大曲駅 - 横手駅間)。9月14日:湯沢駅 - 横手駅間が開業し、福島駅 - 青森駅間が全通。
  • 190910月12日:国有鉄道線路名称の制定により、福島駅 - 青森駅間が正式に「奥羽本線」と命名される。
  • 1910地質の不安定な庭坂駅 - 赤岩駅間で開業時のトンネルの一つが崩落。翌年、二本の新トンネルによる線路付け替えが開通。
  • 1948庭坂駅 - 赤岩駅間で乗務員3名が死亡する脱線事故が発生。地質の不安定さが疑われ、1968年の同区間複線化に合わせて再度の線路付け替えが行われた。
  • 1949福島駅 - 米沢駅間が直流1,500 Vで電化される(線内初の電化)。
  • 1968米沢駅 - 山形駅間が電化され、仙山線での試験を経て採用された交流20 kVへ、先行の直流1,500 V区間も転換される。
  • 1971青森駅 - 秋田駅間が交流20 kVで電化される(秋田駅 - 羽前千歳駅間は1975年)。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道(JR東日本)が承継。日本貨物鉄道が大部分の区間で貨物営業を担う。
  • 1990板谷峠の元スイッチバック駅であった板谷駅が、改軌工事に合わせて通過式の駅へ改築される。
  • 19927月1日:福島駅 - 新庄駅間の線路が1,067 mmから1,435 mmへ改軌(1988年 - 1992年)された後、福島駅 - 山形駅間で山形新幹線が「つばさ」として開業。
  • 19973月22日:大曲駅 - 秋田駅間の改軌(神宮寺駅 - 峰吉川駅間は三線軌条)を経て、秋田新幹線が「こまち」として開業。
  • 1999山形新幹線が山形からさらに新庄まで延伸され、標準軌のミニ新幹線区間が延長される。
  • 20254月25日:2024年7月の豪雨による数か月の運休の後、新庄駅 - 院内駅間が復旧したが架線設備は廃止され、非電化で運転を再開(JR東日本管内で二例目)。

出典