歴史
この路線の起源は、1960年代の日本国有鉄道(国鉄)による「東京外環状線」計画にある。これは山手貨物線の外側およそ20キロメートル圏で首都を環状に取り巻き、東海道・中央・東北・常磐・総武の放射5幹線を接続しようとするもので、その一部として、塩浜操車場から東京湾沿いに千葉県の木更津へ至る貨物鉄道が「京葉線」の名称で日本鉄道建設公団によって建設された。しかしそのうち東京貨物ターミナルと新木場の間の区間は工事が凍結され、1987年の国鉄分割民営化後、その未使用の用地は国鉄清算事業団が保有していた。
東京臨海高速鉄道は、この休眠状態の貨物用線路を旅客鉄道へ転用するため、また東京臨海副都心地区の開発を支え、同地区で予定されていた世界都市博覧会(最終的に1995年に中止)の旅客輸送を担うことを目的として、1991年3月12日に設立された。建設は、京葉線の用地を再利用して1992年に始まった。京葉線の東京湾トンネルは1983年に放棄されていたものである。最初の区間である新木場 - 東京テレポート間は、路線の当初の名称である臨海副都心線として、1996年3月30日に開業した。
2000年9月1日、路線は「りんかい線」へ改称された。西方への延伸は段階的に進められ、2001年2月8日に八潮車両基地の供用が始まり、第2期区間である東京テレポート - 天王洲アイル間が2001年3月31日に開業した。最後の区間である天王洲アイル - 大崎間は2002年12月1日に開業して全線開業となり、大崎で山手線環状部の鉄道網と接続された。この日からTWRはJR東日本の埼京線・川越線との相互直通運転を開始し、臨海部から東京の都心部・北部を経て埼玉までの直通列車を提供するようになった。
この路線の建設は、二段階にわたる歴史を反映している。東京テレポートと東京貨物ターミナルの間の海底区間、すなわち京葉線の一部として建設された東京港トンネルは、沈埋工法で建設されたため断面が四角いボックス形状である。一方、りんかい線独自の延伸のために新たに掘削された品川埠頭分岐部と天王洲アイルの間の区間はシールド工法で建設され、断面は円形であり、両者が出会う品川埠頭分岐部でトンネル断面形状が変化する。品川埠頭分岐部から東京貨物ターミナル方面は、八潮車両基地へ通じる回送線として営業外で利用されている。
臨海部のこの事業は高額なものとなった。路線の最終的な建設費は4,400億円超と見積もられ、約3,890億円の負債に対する利払いにより、1991年以降は継続的な純損失を計上してきた。それでも利用者数は着実に増え、2005年の1日平均14万人から2010年には1日20万200人に達し、2006年には初の営業黒字を計上した。これに対し、競合する高架の「ゆりかもめ」は、建設費が低く運賃が高いうえ、観光客にとって眺望の魅力があることから、より早くから黒字を計上していた。
路線網が成熟するにつれ、運行と案内も標準化されていった。2002年12月の直通開始に伴い、埼京線・川越線直通用の列車は10両編成化され、2004年10月16日にはりんかい線の全列車が10両編成に統一された。駅ナンバリングは路線記号Rを用いて2016年に全駅へ導入され、2018年4月27日からはTWRが、臨海部を訪れる増加する外国人客に対応するため、東京テレポート駅などに英語を話せるコンシェルジュを配置し始めた。
年表
- 19913月12日:東京臨海高速鉄道(TWR)が設立され、国鉄時代の京葉線の用地を旅客用に転用して路線を建設することとなる。
- 1992建設が始まる。1983年に放棄された京葉線の東京湾トンネルなど、京葉線の用地を再利用した。
- 19963月30日:最初の区間、新木場 - 東京テレポート間が、当初の名称である臨海副都心線として開業。臨海副都心開発と、1995年に中止された世界都市博覧会のために建設された。
- 20009月1日:路線の名称が臨海副都心線から「りんかい線」へ正式に改称される。
- 20012月8日:八潮車両基地(東臨運輸区)の供用を開始。
- 20013月31日:第2期区間、東京テレポート - 天王洲アイル間が開業。
- 200212月1日:最後の区間、天王洲アイル - 大崎間が開業して全線開業。同日、JR東日本の埼京線・川越線との相互直通運転を開始。
- 200410月16日:りんかい線の全列車が10両編成に統一される。
- 2006初の営業黒字を計上。ただし負債の利払いにより純損失は続いた。2005年の1日平均利用者数は14万人であった。
- 20101日平均利用者数が20万200人に達する。
- 2016路線記号Rを用いた駅ナンバリングが全駅に導入される。
- 20184月27日:TWRが、増加する外国人客に対応するため、東京テレポート駅などに英語を話せるコンシェルジュを配置し始める。
出典
事実確認日:2026年6月14日