歴史
この路線は、現在の関東鉄道の最も古い源流にあたる。その起源は1898年に設立された竜崎馬車鉄道にあり、まもなく竜崎鉄道へと改組された。当初は馬車鉄道として計画されたが、輸送力を確保するため蒸気軽便鉄道に変更された。区間も建設前に改められており、敷設免許は藤代 - 竜ヶ崎間で取得されていたが、小貝川への架橋を避けて費用を削減するため、起点を幹線と接続できる佐貫に変更して建設された。
竜崎鉄道は1900年8月14日、佐貫 - 竜ヶ崎間を762ミリメートル軌間の蒸気軽便鉄道として開業した。同じ日に、現在の常磐線にあたる日本鉄道も、乗換駅として佐貫駅(現在の龍ケ崎市駅)を開設した。途中の入地駅は1901年1月1日に開業し、1915年7月には軌間が762ミリメートルから現在も使われる1067ミリメートルへと改められた。内燃動力の導入は1927年9月13日で、ガソリンカーの運行が始まった。
戦時下の私鉄統合により、この小さな路線はより大きな会社に組み込まれていった。1944年5月13日、竜崎鉄道は鉄道事業を鹿島参宮鉄道に移譲した。1957年には、佐貫 - 入地間の南中島駅と入地 - 竜ヶ崎間の門倉駅という当線の途中駅2つが廃止され、現在も営業する3駅が残った。
現在の事業者は、さらなる合併によって誕生した。1965年6月1日、鹿島参宮鉄道と常総筑波鉄道が合併して関東鉄道となり、当線は現在の名称である竜ヶ崎線となった。竜ヶ崎線は、旧鹿島参宮鉄道で唯一現存する鉄道である。
1970年代初頭には、現在に至る運行形態を決定づける変化があった。1971年4月1日に貨物営業が廃止され、同年8月1日にはワンマン運転が導入された。これは日本の旅客列車として初めてのワンマン運転として記録されている。1閉塞の路線を1両の気動車が行き来する運転形態には、この簡素で車掌を要しない方式がよく適していた。
近年では、ローカル線の性格を保ちながら運賃収受の近代化が進められた。2009年3月14日には交通系ICカード「PASMO」が導入され、全駅にIC簡易改札機が設置された。現在も1両の気動車が4.5キロメートルの全線を通して運転されており、ダイヤは佐貫駅でのJR常磐線との接続を考慮して組まれ、東京方面へ向かう幹線への典型的な培養路線として機能し続けている。
年表
- 1898関東鉄道の最古の前身会社である竜崎馬車鉄道が設立される。後に竜崎鉄道へと改組された。
- 19008月14日:竜崎鉄道が佐貫 - 竜ヶ崎間を762mm軌間の蒸気軽便鉄道として開業。同日、日本鉄道(現在の常磐線)も乗換駅の佐貫駅(現在の龍ケ崎市駅)を開設した。
- 19011月1日:途中駅である入地駅が開業。
- 19157月:軌間が762mmから1067mmに改軌される。
- 19279月13日:ガソリンカーの運行が開始される。
- 19445月13日:竜崎鉄道が鉄道事業を鹿島参宮鉄道に移譲する。
- 1957佐貫 - 入地間の南中島駅と入地 - 竜ヶ崎間の門倉駅が廃止される。
- 19656月1日:鹿島参宮鉄道と常総筑波鉄道が合併して関東鉄道となり、当線は現在の竜ヶ崎線となる。
- 19714月1日:貨物営業が廃止される。
- 19718月1日:ワンマン運転を開始。日本の旅客列車として初めてのワンマン運転とされる。
- 20093月14日:交通系ICカード「PASMO」を導入し、全駅にIC簡易改札機が設置される。
出典
事実確認日:2026年6月14日