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嵯峨野観光線

Sagano Scenic Line

嵯峨野観光線(さがのかんこうせん)は、西日本旅客鉄道(JR西日本)の完全子会社である嵯峨野観光鉄道が運営する、京都府の営業キロ7.3キロメートルの観光鉄道である。全線が単線・非電化で軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、京都市右京区嵐山のトロッコ嵯峨駅から、保津川の渓谷に沿って亀岡市のトロッコ亀岡駅までを結ぶ。列車は最高速度毎時35キロメートルでのんびりと走り、旅客案内上は「嵯峨野トロッコ列車」の通称で親しまれている。日本初の観光鉄道とされ、嵐山・嵯峨野を代表する観光名所のひとつとなっている。

京都西京区2 km
嵯峨野観光線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線がたどる線路は、観光鉄道としての営業よりずっと古い。もともとは私設の京都鉄道の本線の一部で、京都と京都府北部(旧丹波国)を結ぶため、1899年(明治32年)8月15日に嵯峨駅(現・嵯峨嵐山駅) - 園部駅間が開業した。老ノ坂峠を越える急勾配を避けるため、建設者は保津川の渓谷を通る比較的平坦な経路を選んだが、それは蛇行する線形と狭いトンネルを伴うものだった。京都鉄道は1907年(明治40年)8月1日に鉄道国有法により国有化され、路線は官設鉄道に編入された。

1909年(明治42年)には京都 - 園部間が京都線と呼ばれるようになり、1912年(明治45年)3月1日に京都 - 出雲今市間が全通すると、京都線や隣接区間は山陰本線に編入された。以後この渓谷の経路は長らく山陰本線の東端を担った。1935年(昭和10年)7月20日に馬堀駅が、1936年(昭和11年)4月15日に保津峡駅が開業し、1987年の国鉄分割民営化によりこの区間はJR西日本に承継された。

この路線の現代的な役割は、路線の付け替えによって生まれた。輸送力増強と電化準備のため、JR西日本は山陰本線嵯峨 - 馬堀間により短く直線的な複線の新線を建設し、1989年(平成元年)3月5日にこの新線に切り替えて、1899年以来の渓谷を通る蛇行した旧線を廃止した。旧線は車窓の景観が良かったため、京都府を中心に観光資源として復活させる要望が強く、JR西日本はこれを観光用に整備することを決定した。運営体となるJR西日本の完全子会社・嵯峨野観光鉄道が1990年(平成2年)11月14日に設立され、11月2日に鉄道事業免許を申請、11月30日に免許が交付された。

嵯峨野観光線は1991年(平成3年)4月27日に開業し、旧山陰本線を用いてトロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間でトロッコ列車の運転を始めた。JR西日本は中古の車両を提供し、トキ25000形の無蓋貨車を改造した開放的な客車をDE10形ディーゼル機関車(1104号機)が牽引する形となった。鉄道事業の区分では、JR西日本が第一種鉄道事業者として線路を保有し、嵯峨野観光鉄道が第二種鉄道事業者として列車を運行しており、全区間が今もJR西日本の山陰本線に属している。開業前の年間利用者は22万人程度と見込まれていたが、実際には予想の約3倍にあたる69万人超を開業初年度に記録する人気となり、1998年には「ザ・リッチ」と呼ばれる5両目の車両が増備された。

路線はその後の数十年で主要な観光名所へと成長した。1992年にトロッコ亀岡駅の、1997年にトロッコ嵯峨駅の新駅舎が完成し、1992年からは社員の手で沿線に桜や松が植樹され、仮装したパフォーマンスも行われた。保津川を嵐山へ下る伝統的な保津川下りと組み合わせて、トロッコ列車は京都観光の定番となり、2013年度(2014年3月まで)には年間利用者が初めて100万人を超え、2015年には約123万人を輸送し、その約3分の1が訪日外国人であった。2015年12月からは、冬季の一部の列車が車内にダルマストーブを設けた「ストーブ列車」として運行されている。

路線はさまざまな困難も乗り越え、評価も受けてきた。2013年9月には台風18号と大雨により倒木や土砂の流入が生じて全区間が運休し、接続する吊橋が損傷したトロッコ保津峡駅は、2014年6月に吊橋が復旧するまで営業を休止した。2020年以降の新型コロナウイルス感染症流行で、利用者の大半を占めていた訪日外国人需要が消失し、令和2年度の輸送人員はピークの約36%にあたる46万人まで落ち込んで営業赤字となり、2022年4月に消費税率変更以外では開業以来初の運賃値上げを行ったが、2023年度には約110万人まで回復した。一方で路線の構造物は文化遺産として認められ、2019年にはトンネルや橋梁が選奨土木遺産に選ばれ、2026年2月には清滝トンネルなどが登録有形文化財に登録された。

年表

  • 18998月15日:京都鉄道が嵯峨駅(現・嵯峨嵐山駅) - 園部駅間を保津川渓谷経由で開業。のちの嵯峨野観光線の線路となる。
  • 19078月1日:鉄道国有法により京都鉄道が国有化され、路線は官設鉄道の一部となる。
  • 19123月1日:京都駅 - 出雲今市駅間の全通に伴い、京都 - 園部間(1909年に京都線と命名)や隣接区間が山陰本線に編入される。
  • 19224月3日:保津川橋梁上で列車転覆事故が発生する。
  • 19357月20日:渓谷の路線に馬堀駅が開業(現在のトロッコ亀岡駅の接続駅)。翌1936年4月15日には保津峡駅が開業し、のちにトロッコ保津峡駅として転用される。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により、渓谷の区間がJR西日本に承継される。
  • 19893月5日:山陰本線嵯峨 - 馬堀間が複線・電化対応の新線に切り替わり、1899年以来の蛇行する旧線の列車運行が廃止される。
  • 199011月14日にJR西日本の完全子会社として嵯峨野観光鉄道が設立。11月2日に鉄道事業免許を申請し、11月30日に免許が交付される。
  • 19914月27日:旧山陰本線が嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線としてトロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間で開業し、トロッコ列車の運転を開始。初年度の利用者は予想の約3倍の69万人超となる。
  • 19987月19日:SK300形「ザ・リッチ」が5両目の車両として増備される(トロッコ亀岡駅の新駅舎は1992年、トロッコ嵯峨駅の新駅舎は1997年に完成)。
  • 20139月16〜18日:台風18号と大雨で全区間が運休。トロッコ保津峡駅は接続する吊橋が損傷し営業休止となる。2013年度(2014年3月まで)に年間利用者が初めて100万人を超える。
  • 20146月27日:吊橋が復旧し、トロッコ保津峡駅が営業を再開する。
  • 201512月:車内にダルマストーブを設けた冬季の「ストーブ列車」の本格運行を開始。2015年の輸送人員は約123万人で、その約3分の1が訪日外国人だった。
  • 20204月8日:新型コロナウイルス感染症流行の中で全面運休(6月12日まで)。訪日外国人需要の消失で令和2年度の輸送人員はピークの約36%の46万人まで落ち込み、営業赤字となる。
  • 20224月1日:消費税率変更以外では開業以来初の運賃値上げを実施し、均一の大人運賃が880円となる。2023年度には輸送人員が約110万人まで回復する。
  • 20262月10日:清滝トンネルほか路線の構造物が登録有形文化財に登録される(2019年にはトンネルや橋梁が選奨土木遺産に選ばれていた)。

出典