歴史
この路線は、茨木市北部の丘陵に開かれた大規模な計画新都市である国際文化公園都市(彩都の名で売り出された)へのアクセス路線として建設された。当初はこの開発地へのアクセスとして阪急千里線の延長が検討されていたが、想定される人口規模からモノレールが選択された。万博記念公園駅から路線は中国自動車道と大阪中央環状線を高架で跨ぎ、万博記念公園の東側を半周して北進し、阪大病院前駅を経て新都市へと向かう。
最初の区間である万博記念公園 - 阪大病院前間は、1998年10月1日に開業した。この区間は、大阪大学医学部と大阪大学医学部附属病院の要請を受けて路線のほかの部分に先行して開業したもので、この区間にある阪大病院前駅と公園東口駅は、本線と共通する規格化された駅舎の形状を採っている。
残る区間である阪大病院前から彩都西までの建設は2002年に着工された。同区間は2007年3月19日に開業し、これにより路線は現在の営業キロ6.8キロメートル・5駅の姿となって全通した。この区間に加わった豊川駅と彩都西駅は、本線の標準的な様式ではなく、それぞれ独自のデザインが採用された。
ネットワークのほかの路線と同様に、彩都線も2018年6月18日に大阪府北部を襲ったマグニチュード6.1の地震に巻き込まれ、全線が運転を見合わせた。運行は段階的に再開され、万博記念公園 - 阪大病院前間が6月22日の始発から、阪大病院前 - 彩都西間が同日13時から再開した。6月24日には、部品が落下するおそれのある車両が見つかったため始発から再び運行を取り止め、その後運転を再開した。
2020年6月1日、運営会社は社名を大阪高速鉄道株式会社から、長く用いてきた通称である大阪モノレール株式会社へと変更した。この変更は彩都線そのものではなく運営会社全体に関わるものであったが、これにより会社の正式な名称が、利用者が既に知っていたブランド名と一致することになった。
彩都線にはかつて、さらなる延伸が計画されていた。彩都西から東へ、仮称・中部駅を経て仮称・東センター駅に至る区間が、新都市の開発に合わせて整備される予定であった。しかし、東地区の計画が住宅地から産業団地へと変更され、想定人口が大きく減ったことを受けて、大阪府は2017年1月27日に採算が取れないとしてこの延伸を断念することを決定した。運営会社は2019年1月に未着工の東側の軌道運輸事業の廃止を申請し、同年3月19日に廃止が許可され、彩都西が路線の恒久的な終点として残された。
年表
- 199810月1日:最初の区間である万博記念公園 - 阪大病院前間が、大阪大学医学部・大阪大学医学部附属病院の要請を受けて先行開業。
- 2002阪大病院前 - 彩都西間が着工。
- 20073月19日:阪大病院前 - 彩都西間が開業し、営業キロ6.8km・5駅の彩都線が彩都西まで全通。
- 20171月27日:彩都東地区が住宅地から産業団地へ計画変更されたことを受け、大阪府が採算が取れないとして彩都西駅以東の延伸を断念することを決定。
- 20186月18日:マグニチュード6.1の大阪府北部地震により全線が運転見合わせとなる。
- 20186月22日:始発より万博記念公園 - 阪大病院前間が、13時から阪大病院前 - 彩都西間が運転を再開。
- 20186月24日:部品が落下する可能性のある車両が見つかったため始発から運行を取り止め、その後再開。
- 20193月19日:彩都西駅以東の未着工の軌道運輸事業の廃止が許可され、延伸計画が正式に終了。
- 20206月1日:運営会社が大阪高速鉄道株式会社から大阪モノレール株式会社に社名を変更。
出典
事実確認日:2026年6月14日