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三田線

Shintetsu Sanda Line

三田線(さんだせん)は、兵庫県神戸市北区の有馬口駅から兵庫県三田市の三田駅までを結ぶ、営業キロ12.0キロメートルの通勤路線で、「神鉄」の通称で知られる私鉄、神戸電鉄が運営している。神戸市の北に広がる丘陵地を最急勾配33.3パーミルで登り降りしながら走り、軌間は1,067ミリメートルの狭軌、電化は直流1,500ボルト、駅数は10である。神戸市北部の丘陵に点在する住宅地と、市の中心部および全国の鉄道網とを結んでいる。

神戸2 km
三田線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は神戸電鉄の路線網の一部であり、その路線網は、神戸の中心部から山あいの温泉地・有馬へ向けて鉄道を敷くために1926年3月27日に設立された神戸有馬電気鉄道に端を発する。その本線にあたる有馬線は1928年11月28日に湊川 - 有馬温泉間で開業し、三田線は、その同じ山岳鉄道を有馬の分岐点からさらに三田方面へと延ばし、国鉄の福知山線と接続させるための支線として構想された。

三田線そのものの起源は、1927年6月2日に有馬郡有馬町 - 同郡三輪村間について下付された鉄道免許状にさかのぼる。これを受けて建設が進められ、有馬線の開業からわずか3週間後の1928年12月18日に、唐櫃駅(現在の有馬口駅) - 三田駅間が開業して、神戸の丘陵から三田へと下る直通経路が完成した。1929年10月10日には途中駅として三田本町駅が設けられた。

神戸電鉄の他の路線と同様に、三田線も本質的には山岳鉄道であり、その線形にはそれがよく表れている。有馬口と三田の間の丘陵地帯を縫って、最急で33.3パーミルに達する勾配を登り降りするのである。この路線は当初から直流1,500ボルトの電力で建設・運行されており、これは、通常の粘着運転では連続した電力供給によってしか越えられない急勾配を列車が登るために、会社が開業当初から採用した電気方式であった。

初期の数十年間には、路線の移り変わる姿を映す一連の駅名改称があった。神戸側の終点である唐櫃駅は1951年3月20日に有馬温泉口駅へ、さらに1954年9月1日に有馬口駅へと改称され、横山駅は1952年10月1日に電鉄横山駅となった。これらの改称は、1949年4月30日に会社自身が神戸電気鉄道へと社名を変更したことに伴うもので、路線は今日もこの社名のもとで運行を続けている。

20世紀後半以降、神戸の北部郊外が市街地化していくのに合わせて、三田線はより多くの通勤輸送に対応できるよう段階的に強化された。単線であった路線は区間ごとに複線化され、横山 - 三田間は1991年3月24日に、岡場 - 田尾寺間は1998年3月20日に複線化されて、最も混雑する区間の輸送力が高められた。1995年11月26日には、三田と神戸の間を速達するため、新たな優等種別である「特快速」がダイヤに加えられた。

今日、三田線は活発な通勤フィーダー路線として機能している。多くの列車は有馬口で有馬線へと直通して神戸の中心部方面へ向かうため、三田からの乗客は乗り換えなしに市内へ達することができ、三田駅ではJR西日本の福知山線(JR宝塚線)と接続して大阪方面へと乗り継ぐことができる。近代化の総仕上げとして、会社は2011年3月1日に三田線の全駅で喫煙コーナーを廃止し、駅構内を全面禁煙とした。

年表

  • 19263月27日:神戸から有馬方面への鉄道を建設するため、のちの神戸電鉄(神鉄)となる神戸有馬電気鉄道が設立される。
  • 19276月2日:有馬郡有馬町 - 同郡三輪村間について鉄道免許状が下付される(後の三田線)。
  • 192811月28日:本線にあたる有馬線が湊川 - 有馬温泉間で開業し、神戸電鉄の路線網が始まる。
  • 192812月18日:三田線が唐櫃駅(現在の有馬口駅) - 三田駅間で開業(有馬線開業の3週間後)。
  • 192910月10日:途中駅として三田本町駅が開業する。
  • 19494月30日:会社が神戸電気鉄道へと社名を変更する。路線は今日もこの社名のもとで運行されている。
  • 19513月20日:唐櫃駅が有馬温泉口駅に改称される。
  • 195210月1日:横山駅が電鉄横山駅に改称される。
  • 19549月1日:有馬温泉口駅が有馬口駅に改称される(現在の起点側の駅名)。
  • 19913月24日:横山駅 - 三田駅間が複線化される。
  • 199511月26日:ダイヤ改正により、新たな優等種別「特快速」が新設される。
  • 19983月20日:岡場駅 - 田尾寺駅間が複線化される。
  • 20113月1日:駅構内の喫煙コーナーを廃止し、三田線の全駅構内を全面禁煙とする。

出典