歴史
ケーブルカーは1957年11月12日に、尾倉公園 - 帆柱山間で開業した。皿倉山は、北九州の市街地と周囲の海を一望する眺望で知られ、本路線はその山頂へ観光客や参詣者を運ぶために建設された。最初の車両は日立製作所が製造した2両で、1号・2号と付番され、それぞれ「ほばしら」「さらくら」の愛称を持っていた。開業からの約40年間、本路線はこの当初からの設備と帆柱ケーブルの名称のもとで運行された。
本路線は、その歴史の大半を帆柱ケーブルの名称のもとで運行された。1985年4月13日には2つの駅により分かりやすい名が付けられ、麓側の終点である尾倉公園駅は山麓駅に、山側の終点である帆柱山駅は山上駅に改称された。山の麓から山上側の駅までを約1.1キロメートルで一気に登るという基本的な線形は、開業以来変わっていない。
40年余りを経て当初の設備は老朽化し、本路線は設備更新のため2000年10月9日の運行をもって休止し、初代の日立製車両はこの日限りで運行を終えた。スイスのCWA社が製造した新型車両が導入され、ケーブルカーは北九州博覧祭2001の開催に合わせて2001年6月30日に運行を再開した。新たな2両は、黄色の車両が「はるか」、青色の車両が「かなた」の愛称を持ち、当時日本国内で最も速いケーブルカーの速度とされた18キロメートル毎時(5.0メートル毎秒)で走ることができた。また照明などの電源を車載の蓄電池から得たため、架線とその架線柱が撤去され、車内からの眺望が改善された。
2015年4月1日、本路線は旅客案内上の愛称として皿倉山ケーブルカーを採用し、それまで帆柱ケーブル株式会社と称していた運営会社も皿倉登山鉄道へと社名を変更した。これは、より知名度の高い皿倉山の名のもとで路線の知名度を高めることを意図したものであった。新型車両は夜間運行を念頭に設計されており、乗客が登坂しながら名高い夜景を楽しめるよう車内の照明を落とすことができる。また車両には冷房装置が搭載されていないため、夏期は駅のホームに置いた定置型のクーラーから、停車中の車内へ窓を通して冷風を送り込んでいる。
今日、皿倉山ケーブルカーは皿倉山の上部へ至る主要な交通手段であり、20 - 30分間隔で運行され、所要時間は約6分である。終点の山上駅では皿倉山スロープカーと接続しており、これは来訪者をさらに山頂へと運ぶ斜行式の輸送機関で、2006年に運行を終えた帆柱スカイラインリフトに代わって設けられたものである。本路線は引き続き北九州市が所有し皿倉登山鉄道が運行しており、昼の眺望と眼下の街の夜景を目当てに、観光客を山上へと運び続けている。
年表
- 195711月12日:尾倉公園 - 帆柱山間が帆柱ケーブルとして開業。日立製作所製の車両1号「ほばしら」・2号「さらくら」が導入される。
- 19854月13日:尾倉公園駅を山麓駅に、帆柱山駅を山上駅に改称。
- 200010月9日:設備更新のため、この日限りで運行を休止。開業当初の車両が運行を終了する。
- 20016月30日:スイスのCWA社製の新車両を導入して運行を再開(北九州博覧祭2001に合わせる)。黄色の「はるか」・青色の「かなた」で、18 km/h(5.0 m/s)運行が可能となる。
- 20068月31日:山上駅から先を結んでいた帆柱スカイラインリフトが運行を終了(後に皿倉山スロープカーが代替)。
- 20154月1日:皿倉山ケーブルカーの愛称の使用を開始し、運営会社が帆柱ケーブル株式会社から皿倉登山鉄道へ社名を変更。
出典
事実確認日:2026年6月14日