歴史
この経路は、九州西部における鉄道網の中でも最も初期に開かれた区間の一つである。私設の九州鉄道は、1895年5月5日に当初の長崎線の一部として佐賀駅 - 武雄駅(現在の武雄温泉駅)間を開業した。同社はさらに延伸を進め、1897年7月10日に武雄駅 - 早岐駅間を、1898年1月20日には早岐駅 - 佐世保駅間を開通させ、軍港都市である佐世保に鉄道を到達させた。当初の数十年間、この佐賀 - 早岐 - 佐世保の経路は、長崎・佐世保双方へ向かう幹線ルートであった。
日本初期の私設幹線鉄道の多くと同様に、九州鉄道も国有化された。鉄道国有化政策により、1907年7月1日に買収・国有化されたのである。「佐世保線」という名称が初めて現れたのは1909年10月12日で、官設鉄道が早岐 - 佐世保間を独立した路線として区分したときであった。その後の数十年間にわたって、沿線にはいくつかの駅や信号所が新設され、1913年には当時山口駅と呼ばれていた分岐駅が肥前山口駅に改称された。
路線が現在の形になったのは1930年代である。1934年12月1日、肥前山口駅(現在の江北駅) - 諫早駅間により直線的な新しい長崎本線が開通し、それと同時に肥前山口 - 佐世保間が佐世保線とされた。佐世保より先へ続く区間は分離され、松浦線となった。戦中・戦後を通じて、沿線ではさらに駅や信号場が開設・昇格されていった。
日本国有鉄道のもとで、佐世保線は1970年代から1980年代にかけて近代化された。1975年6月19日に武雄駅が武雄温泉駅に改称され、1973年に着手された電化工事は1976年6月6日に肥前山口 - 佐世保間全区間が電化されて完成し、貨物営業は1985年の早岐 - 佐世保間を皮切りに段階的に縮小されていった。1987年4月1日の国鉄分割民営化により、当線は新たに発足したJR九州に引き継がれた。
21世紀に入り、佐世保線は高速鉄道への連絡線という新たな戦略的役割を担うようになった。大町駅 - 高橋駅間が複線化され(2022年2月27日完成)、高速化に対応した。そして西九州新幹線が武雄温泉 - 長崎間で開業した2022年9月23日には、肥前山口駅が江北駅に改称され、路線の高速化が実施された。現在、特急「リレーかもめ」が江北駅 - 武雄温泉駅間で運転され、武雄温泉駅で乗客は同一ホームで新幹線に乗り換える。これにより佐世保線は、長崎の新幹線を九州の鉄道網全体に結ぶリレー方式の重要な連絡線となっている。
年表
- 18955月5日:九州鉄道が当初の長崎線の一部として佐賀駅 - 武雄駅(現・武雄温泉駅)間を開業。
- 18977月10日:武雄駅 - 早岐駅間が延伸開業。
- 18981月20日:早岐駅 - 佐世保駅間が延伸開業し、軍港都市佐世保に到達。
- 19077月1日:九州鉄道が買収・国有化される。
- 190910月12日:官設鉄道が早岐 - 佐世保間を独立した「佐世保線」に分割(名称の初出)。
- 19133月1日:山口駅を肥前山口駅に改称。
- 193412月1日:肥前山口 - 諫早間に新長崎本線が開通し、肥前山口 - 佐世保間を佐世保線とする。佐世保より先は松浦線となる。
- 19756月19日:武雄駅を武雄温泉駅に改称。
- 19766月6日:肥前山口駅 - 佐世保駅間が交流20,000V・60Hzで電化され、1973年に着手した工事が完成。
- 19853月14日:早岐駅 - 佐世保駅間の貨物営業を廃止。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により九州旅客鉄道(JR九州)が継承。
- 20203月14日:松浦鉄道への直通運転を廃止。
- 20222月27日:大町駅 - 高橋駅間を複線化。
- 20229月23日:西九州新幹線が武雄温泉 - 長崎間で開業。肥前山口駅を江北駅に改称し高速化を実施。武雄温泉駅で接続する特急「リレーかもめ」が運転される。
出典
事実確認日:2026年6月14日