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札沼線

Sasshō Line

札沼線(さっしょうせん)は、学園都市線(がくえんとしせん)の愛称で知られる、北海道札幌市北縁の鉄道路線で、北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営している。現在は函館本線の札幌駅から一駅西の桑園駅を起点に、札幌の住宅地を北上して当別町の北海道医療大学駅に至る28.9キロメートル、駅数は14である。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で全線が交流20,000ボルト・50ヘルツで電化されており、八軒駅 - あいの里教育大駅間が複線、その他の区間は単線である。路線名は札幌の「札」と石狩沼田の「沼」を一字ずつ取ったもので、石狩沼田はかつての北側の終点であったが、1972年にその区間が切り捨てられた。八軒駅以北の電化区間は路線記号「G」を持ち、沿線の大学・短大などにちなんで学園都市線と案内されている。

札幌東区江別市白石区厚別区5 km
札沼線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

路線は鉄道省により二つの区間に分けて建設された。まず1931年10月10日に札沼北線として石狩沼田駅 - 中徳富駅間が開業し、ちょうど3年後の1934年10月10日に中徳富駅から浦臼駅まで延伸された。札沼南線は1934年11月20日に桑園駅 - 石狩当別駅間で開業した。1935年10月3日に石狩当別駅 - 浦臼駅間が開業して二つの区間がつながり、桑園駅と石狩沼田駅を結ぶ通し運転が実現し、同日に統合された路線は札沼線と命名された。

第二次世界大戦は、この路線をほとんど消し去りかけた。函館本線に並行する重複路線であったため、その大部分が不要不急線に指定されて戦時の資材供出のためレールが撤去された。石狩月形駅 - 石狩追分駅間が1943年10月1日に営業休止となり、続いて石狩当別駅 - 石狩月形駅間と石狩追分駅 - 石狩沼田駅間が1944年7月21日に休止された。復旧は戦後に少しずつ進んだ。1946年12月10日に石狩当別駅 - 浦臼駅間が営業を再開し、1949年6月1日に路線は新たに発足した日本国有鉄道(国鉄)に移管され、1953年11月3日に浦臼駅 - 雨竜駅間が再開すると同時に中徳富駅が新十津川駅に改称され、最後に1956年11月16日に雨竜駅 - 石狩沼田駅間が再開して全線の営業が回復した。

やがて利用の少なさが地方の北側区間を圧迫した。利用の乏しい新十津川駅 - 石狩沼田駅間は、沿線4町が廃止に同意したのち1972年6月19日に廃止され、路線は桑園駅から新十津川駅までを結ぶものとなった。国鉄時代を通じて、札幌側の南端区間は札幌の郊外が線路沿いに北へ広がるなかで着実に近代化され、新駅の設置やCTC化が進められた。

1987年4月1日の国鉄分割民営化により、札沼線はJR北海道が継承した。学園都市線という愛称は1991年3月16日に正式に設定され、札幌北縁の大学・短大への通学路線としての性格を反映している。1990年代から2000年代にかけて、混雑する札幌側の区間は八軒駅 - あいの里教育大駅間で段階的に複線化され、いくつかの駅が改称・高架化され、ワンマン運転や駅ナンバリング、ICカード「Kitaca」が導入された。

この路線にとって近代における決定的な変化は電化であった。JR北海道は2009年に電化計画を発表して同年12月に着工し、2012年6月1日に桑園駅 - 北海道医療大学駅間が交流電化開業して一部列車が電車化され、2012年10月27日のダイヤ改正からは同区間の全営業列車が電車で運転されるようになった。一方、北海道医療大学駅以北の非電化の単線区間は、気動車と先細りの利用客のままであった。

その北側の残存区間が次に姿を消した。長年の協議を経て、JR北海道と沿線4町は2018年12月に北海道医療大学駅 - 新十津川駅間の廃止に合意し、国土交通大臣宛てに廃止届が提出された。廃止は当初2020年5月7日に予定されていたが、新型コロナウイルス(COVID-19)の流行のなかで会社は最終運行日を2020年4月17日に繰り上げ、予定していたお別れ運転を中止した。同区間は2020年5月7日に正式に廃止された。これにより札沼線は、桑園駅 - 北海道医療大学駅間の現在の電化区間28.9キロメートルへと縮小した。その後の変化として、2022年3月12日にロイズタウン駅が開業し、石狩当別駅と石狩太美駅がそれぞれ当別駅・太美駅に改称された。

年表

  • 193110月10日:札沼北線として石狩沼田駅 - 中徳富駅間が開業。
  • 193410月10日:札沼北線が中徳富駅 - 浦臼駅間を延伸開業。11月20日:札沼南線として桑園駅 - 石狩当別駅間が開業。
  • 193510月3日:石狩当別駅 - 浦臼駅間が延伸開業して全通し、路線名を札沼線に改称。
  • 194310月1日:石狩月形駅 - 石狩追分駅間が不要不急線に指定され営業休止。
  • 19447月21日:石狩当別駅 - 石狩月形駅間および石狩追分駅 - 石狩沼田駅間が不要不急線に指定され営業休止。
  • 194612月10日:石狩当別駅 - 浦臼駅間および同区間の各駅が営業再開。
  • 19496月1日:日本国有鉄道に移管。
  • 195311月3日:浦臼駅 - 雨竜駅間が営業再開。中徳富駅を新十津川駅に改称。
  • 195611月16日:雨竜駅 - 石狩沼田駅間が営業再開し全線営業を再開。
  • 19726月19日:新十津川駅 - 石狩沼田駅間の運輸営業を廃止。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR北海道が承継。
  • 19913月16日:学園都市線の愛称を設定。
  • 20126月1日:桑園駅 - 北海道医療大学駅間が交流電化開業し、一部列車を電車化。10月27日のダイヤ改正で全営業列車を電車化。
  • 20205月7日:北海道医療大学駅 - 新十津川駅間の運輸営業を廃止。新型コロナウイルス流行のため最終運行日は4月17日に繰り上げられ、お別れ運転は中止された。

出典