鉄道路線·約4分で読めます

多摩川線

Seibu Tamagawa Line

多摩川線(たまがわせん、西武多摩川線)は、東京都西部の郊外を走る、西武鉄道が運営する営業キロ8.0キロメートルの鉄道路線である。JR東日本中央線と接続する武蔵境駅から、多摩川に近い是政駅までほぼ南西に延び、駅は東京都多摩地域にある6駅のみである。全線が単線で、直流1,500ボルトで電化され、軌間は1,067ミリメートルの狭軌である。列車の行き違いは途中駅で行われる。最大の特徴は、西武鉄道の他の路線とは一切接続せず孤立していることで、他の鉄道との唯一の物理的な接続は、武蔵境駅の西方にある、ほとんど使われないJR中央線との保守用連絡線だけである。

東京府中市小金井市調布市小平市三鷹市国分寺市2 km
多摩川線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は、川砂利にその起源を持つ。多摩川の河原で採取した川砂利を運搬する目的で、1910年(明治43年)8月に設立された多摩鉄道によって開業した。境 - 是政間の仮免許は1908年(明治41年)2月に下付され、1910年11月に軽便鉄道に指定された。この計画には、三鷹への移転を計画していた東京天文台から、近くを蒸気鉄道が走れば天体観測に支障が出るとして反対があったが、路線が大きく迂回していないことから、鉄道会社側の主張が認められたとみられる。多摩鉄道は多磨村での約20年間の砂利採掘権も取得したが、多摩川での砂利採取は1964年に禁止された。

最初の区間である境駅(現・武蔵境駅) - 北多磨駅(現・白糸台駅)間は1917年(大正6年)10月22日に開業し、この日に境駅、新小金井駅、北多磨駅が開業した。1919年(大正8年)6月1日には北多磨駅 - 常久駅(現・競艇場前駅)間が当初貨物のみで延伸開業し、7月1日に境駅が武蔵境駅に改称された。最後の区間である常久駅 - 是政駅間は1922年(大正11年)6月20日に開業し、8.0キロメートルの路線が全通して是政駅が開業した。この初期の頃、鉄道は圧倒的に貨物輸送が中心で、重量で見れば旅客よりもはるかに多くの砂利を運んでいた。

1927年(昭和2年)8月31日、多摩鉄道は(旧)西武鉄道に合併され、同社の多摩線となった。譲渡許可は同月の『官報』で公示されている。それまで砂利輸送のついでともいえる存在だった旅客輸送は成長し始め、1929年にはガソリンカーの運行を開始し、参拝客が増加していた多摩霊園の近くに多磨墓地前駅(現・多磨駅)を開設した。その後は日曜祭日や彼岸時には武蔵境駅 - 多磨墓地前駅間を15分毎に頻繁に運転するようになった。(旧)西武鉄道は現在の西武新宿線系統の前身企業で、1945年に武蔵野鉄道に合併されて西武農業鉄道となり、翌1946年に現在の西武鉄道となった。

太平洋戦争中には、中島飛行機の工場への引き込み線があり、沿線の工場への貨物輸送にも利用されるなど、路線は工業的な役割を担った。戦後の1950年には全線が電化され、武蔵境駅 - 北多磨駅間が7月11日に、北多磨駅 - 是政駅間が11月1日に電化された。1967年には貨物輸送が廃止され、路線は純粋な旅客鉄道となった。路線名は何度か変わっており、西武の下で多摩線だったものが1952年に武蔵境線となり、1955年にようやく多摩川線と改称されて現在に至っている。

路線が西武の他路線から孤立しているのは、1927年に合併された独立企業・多摩鉄道としての起源に直接由来するもので、以来一貫して独立した支線のままである。その路線名は、他での命名にも影響を与えた。2000年8月に東急が目蒲線を目黒線と新たな多摩川線に分割した際、すでに西武が「多摩川線」の名を使用していたため、区別するべく後者は正式に「東急多摩川線」と名付けられた。一方、戦時の調布飛行場周辺で進駐軍に接収され1974年に返還された「関東村」跡地の再開発は、路線の沿線を大きく変えた。2000年には東京外国語大学が、2001年には警察大学校と警視庁警察学校が移転し、路線の輸送需要は大きく増加した。

近年、多摩川線は着実に近代化されてきた。1995年に試行されたワンマン運転は1996年4月1日に全面移行され、2007年にはICカードPASMOが導入された。2001年には多磨墓地前駅と北多磨駅がそれぞれ多磨駅・白糸台駅に改称され、2003年から2009年にかけて武蔵境駅が高架化された。車両は2010年に更新され、それまで西武鉄道で最後の存在となっていた旧101系が新101系に置き換えられ、現在も使用されている。白糸台の車両基地は小規模なため、これらの車両は時折JR連絡線を経由した甲種輸送により西武車両と入れ替えられる。2017年には開業100周年を迎え、2023年からは無線式列車制御(CBTC)システムの西武における試験路線となった。

年表

  • 19082月6日:境停車場 - 多摩村是政間の鉄道布設仮免状が下付される。
  • 19108月:多摩川の川砂利運携を目的に多摩鉄道が設立される。11月15日に軽便鉄道に指定。
  • 191710月22日:多摩鉄道として、境駅(現・武蔵境駅) - 北多磨駅(現・白糸台駅)間が開業。新小金井駅も開業。
  • 19196月1日:北多磨駅 - 常久駅(現・競艇場前駅)間が貨物のみで延伸開業。7月1日に境駅を武蔵境駅に改称。
  • 19226月20日:常久駅 - 是政駅間が延伸開業し、8.0キロの路線が全通。是政駅が開業。
  • 19278月31日:(旧)西武鉄道が多摩鉄道を合併し、路線名を多摩線と改称(官報の譲渡許可は8月3日)。
  • 1929ガソリン動力を併用開始。1月5日に多磨墓地前駅(現・多磨駅)が多摩霊園近くに開業し、以後武蔵境駅から参拝客向けに頻繁運転される。
  • 1950全線が電化。武蔵境駅 - 北多磨駅間が7月11日、北多磨駅 - 是政駅間が11月1日に電化。
  • 19523月25日:路線名を武蔵境線に変更。
  • 19545月1日:常久駅を競艇場前駅に改称。
  • 19555月9日:路線名を多摩川線に変更し、現在に至る。
  • 1967貨物輸送が廃止され、路線は純粋な旅客鉄道となる。
  • 19964月1日:1995年の試行を経て、ワンマン運転に全面移行。
  • 20008月6日、東急が目蒲線を目黒線と多摩川線に分割した際、すでに西武が「多摩川線」を使用していたため、東急側は「東急多摩川線」と命名された。
  • 20013月28日:多磨墓地前駅を多磨駅に、北多磨駅を白糸台駅に改称。
  • 20073月18日:PASMOサービス開始に伴い、多摩川線全線に導入。
  • 20103月~11月:西武鉄道で最後となっていた旧101系が新101系に置き換えられ、旧101系は11月9日にラストラン。
  • 20179月29日:開業100周年を迎え、記念イベントを開催。
  • 2023多摩川線が西武鉄道の無線式列車制御(CBTC)システムの試験路線となり、2024年に走行試験を開始。

出典