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仙石線

Senseki Line

仙石線(せんせきせん)は、宮城県を走る東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線で、同社が所有・運営している。太平洋の海岸沿いをおよそ49キロメートルにわたって走り、仙台市中心部のあおば通駅と石巻市の石巻駅を結んで、通勤輸送のほか松島湾の景勝地へのアクセスも担っている。路線名は起点と終点の二つの都市から一字ずつを取ったもので、「仙」は仙台、「石」は石巻に由来する。軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、直流1,500ボルトで電化されている点が東北地方では珍しい。仙台周辺のJRの路線は交流20,000ボルトで電化されており、仙石線は仙台地区で唯一の直流電化路線である。

仙台大郷町富谷市10 km
仙石線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は国ではなく、1922年に設立された私設鉄道会社・宮城電気鉄道によって建設された。同社は仙台から海岸方面へ向けて段階的に開業していった。最初の区間である仙台 - 西塩釜間が1925年6月5日に開業し、その後1926年に本塩釜まで、1927年に松島公園(現・松島海岸)まで延伸された。1928年4月には陸前小野に達し、同年11月22日には石巻まで全通して、仙台 - 石巻間の通し運転が実現した。

宮城電気鉄道は当初から技術的に意欲的であった。仙台中心部へ乗り入れるためにトンネルを掘り、仙台 - 東七番丁間を地下鉄道として開業した。これは日本の記録によれば国内初の営業用地下鉄道であり、東京の銀座線の地下鉄開業に約2年半先行していた。同社はもともと余剰電力を活用する目的の一つから構想されたもので、電気運転は開業当初からこの路線を特徴づけるものであり、その伝統は現在の直流1,500ボルトの方式に受け継がれている。

第二次世界大戦中、この路線は国有化された。1944年5月1日、宮城電気鉄道は戦時の強制買収によって国有化され、このとき路線は「仙石線」という名称を与えられた。国有化は戦争遂行のためのもので、多賀城海軍工廠や矢本飛行場といった地域の軍事施設に関連した物資輸送や工員の通勤に役立てられた。日本国有鉄道(国鉄)のもとで路線は順次改良され、1960年代後半から1981年にかけて大部分の区間で複線化が行われた。1987年4月1日に国鉄が分割民営化されると、仙石線はJR東日本に承継された。

JR時代における最も大きな施設の変化は仙台側で起こった。2000年3月11日に仙台トンネルが開通し、仙台 - 陸前原ノ町間の地上区間が地下化され、市の中心部で仙台市地下鉄に近い新たな終点・あおば通駅まで短い区間が新設された。これにより路線の混雑する内側の末端は地下に移され、仙石線は現在の起点を得た。

この路線は2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波によって壊滅的な被害を受けた。経路の大部分 - 日本側の推計でおよそ68パーセント - が海岸に近接していたため、地震と津波の双方から甚大な被害を受け、数百か所に及ぶ軌道の変状、3キロメートル超の線路流出、多数の駅舎の損傷が生じた。野蒜 - 東名間では列車が脱線・流出し、石巻でも別の編成が冠水した。全線で運転が止まり、復旧は段階的に進められた。仙台側の内側区間は数週間で運転を再開し、矢本 - 石巻間は2011年7月に気動車で復旧、陸前小野 - 矢本間は2012年3月に続き、最も被害の大きかった中央部のみが不通として残された。

その残る不通区間について、JR東日本はより安全な線形での再建を選び、陸前小野 - 陸前大塚間のおよそ6.4キロメートルを約500メートル内陸へ移設した。仙石線が全線で運転を再開したのは2015年5月30日のことである。同じ日には、塩釜付近で仙石線と並行する東北本線との間に建設された短い連絡線によって可能となった新たな直通運転、仙石東北ラインが運行を開始し、JR東日本はこれに新型のHB-E210系2両編成のハイブリッド気動車を投入した。仙台 - 石巻間の列車を途中まで高速の東北本線経由とすることで、この新しい運行は仙台 - 石巻間の所要時間をおよそ10分短縮し、約1時間とした。

年表

  • 1922宮城電気鉄道が路線建設のために設立される。
  • 19256月5日:宮城電気鉄道が最初の区間である仙台 - 西塩釜間を開業。仙台 - 東七番丁間は日本初の営業用地下鉄道として開業した(日本側の記録による)。
  • 19264月14日:西塩釜から本塩釜まで延伸。
  • 19274月18日:本塩釜から松島公園(現・松島海岸)まで延伸。
  • 192811月22日:陸前小野 - 石巻間が開業し、仙台 - 石巻間が全通(同年4月10日に陸前小野まで延伸していた)。
  • 19445月1日:宮城電気鉄道が戦時買収により国有化され、路線は仙石線と命名される。地域の軍事関連輸送に供された。
  • 198111月1日:西塩釜 - 東塩釜間が高架・複線化される。1960年代後半から進められた複線化工事の終盤にあたる。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により、仙石線はJR東日本に承継される。
  • 20003月11日:仙台トンネルが開通。仙台 - 陸前原ノ町間の地上区間が地下化され、新たな終点としてあおば通駅までの区間が開業する。
  • 20113月11日:東北地方太平洋沖地震と津波が路線を壊滅させる。経路の多くが海岸に近接していたため、数百か所の軌道変状、3km超の線路流出、多数の駅の損傷が生じ、野蒜 - 東名間では列車が流出した。
  • 20117月16日:津波後の段階的な復旧の一環として、矢本 - 石巻間が気動車での運行により再開する。
  • 20123月17日:陸前小野 - 矢本間が再開し、最も被害の大きかった中央部のみが不通として残る。
  • 20155月30日:陸前小野 - 陸前大塚間(約6.4km)を約500m内陸に移設したうえで仙石線が全線で運転を再開。同日、塩釜付近で東北本線への連絡線を経由する仙石東北ラインの直通運転が始まり、新型HB-E210系ハイブリッド車を用いて仙台 - 石巻間の所要時間を約10分短縮した。
  • 20163月26日:陸前山下と石巻の間に石巻あゆみ野駅が開業する。

出典