歴史
この路線は、今日の近鉄の主要な前身である大阪電気軌道(大軌)によって建設された。大軌による信貴山到達計画は、当初はまったく異なる形をとっていた。はじめは深江(現在の布施)から恩智を経て信貴山口へ至る東側のルートが構想され、その後、王寺で接続する深江 - 恩智 - 国分 - 王寺 - 郡山間の経路に変更されて、1921年9月28日に軌道敷設特許を得た。しかし大軌は伊勢方面への進出に力を注ぎ、信貴山方面への路線整備の優先度は低いままであった。
信貴生駒電気鉄道が1922年に山の東側で自社線を開業し、さらに南海鉄道など複数の事業者が大阪から信貴山を結ぶ鉄道を出願すると、大軌は計画を復活させた。今度は大阪からの短い西側ルートとしてである。1926年2月19日には山本 - 信貴山口 - 枚岡間の地方鉄道を高安線として出願し、1928年1月24日に鉄道敷設免許を取得した。そして山本 - 信貴山口間が1930年に信貴線として開業した。奈良線に接続させる予定だった信貴山口 - 枚岡間の未開業区間はついに建設されず、1937年8月27日に正式に起業廃止となった。
信貴線は1930年12月15日、信貴山電鉄の鋼索線(現在の西信貴鋼索線)および山上鉄道線と同じ日に開業し、これらは一体となって参拝客を寺へと運んだ。この西側ルートの開業は信貴山への旅を大きく変えた。それまで参拝客は東側から山へ向かっていたが、多くが大軌桜井線(後の大阪線)・信貴線・ケーブルカーを使うようになったのである。この競合により信貴生駒電気鉄道は大きな打撃を受け、結局は存続のため大軌の傘下に入り、大軌の後身である近鉄に1964年に合併された。
路線の名称は常に一定だったわけではない。1948年7月1日には東高安線に改称され、同時に信貴山口駅も東高安駅に改称された。1957年3月21日には元の名称に戻され、路線は再び信貴線となり、駅も信貴山口駅に復した。同じ年に西信貴鋼索線が再開され、それ以降、1967年12月20日の大規模なダイヤ変更までは、信貴線には大阪線経由で大阪上本町から直通する準急・普通列車も運転されていた。
大阪線への直通運転はやがて廃止された。大阪線の準急・普通列車が編成を増強されるにつれ、2両編成しか入線できない信貴線への直通が難しくなったためである。これにより路線は、線内で完結する折り返し運転という長く続く役割に落ち着いた。1968年10月10日には自動列車停止装置(ATS)の使用が始まった。その後の数十年では乗車券のIC化が進み、2001年にスルッとKANSAI対応カードとJスルーカード、2007年4月1日からはICカードのPiTaPa・ICOCAが導入された一方、2010年3月19日のダイヤ変更では日中の運転本数が毎時4本から3本へと削減された。
今日の信貴線は、2両編成の列車が線内を折り返し運転しており、朝夕は約15分間隔、日中は約30分間隔で、日中の多くの列車は信貴山口駅でケーブルカーと接続するよう設定されている。近鉄の支線としては珍しく、この路線はワンマン運転を行っておらず、2両編成で運行されるにもかかわらず全列車に車掌が乗務する。平日の利用は主に通勤・通学客であるが、土休日には観光客や登山客、信貴山にある霊園への参拝客が訪れる。服部川駅付近の40パーミルという急勾配は、近鉄の普通鉄道路線の中で最も急であり、大阪上本町からの直通列車は、開業80周年や88周年などを記念して臨時に復活運転されることがある。
年表
- 19219月28日:大阪電気軌道(大軌)が信貴山口へ向かう初期ルート(深江 - 恩智 - 国分 - 王寺 - 郡山間)の軌道敷設特許を取得。
- 19262月19日:大軌が山本 - 信貴山口 - 枚岡間の地方鉄道を高安線として出願。
- 19281月24日:大軌が当路線の鉄道敷設免許を取得。
- 193012月15日:大阪電気軌道信貴線として山本駅(現在の河内山本駅) - 信貴山口駅間が開業。信貴山電鉄の鋼索線(現在の西信貴鋼索線)・山上鉄道線と同日。
- 19378月27日:奈良線に接続予定だった未開業区間の信貴山口 - 枚岡間が起業廃止となる。
- 19487月1日:線名を東高安線に改称し、同時に信貴山口駅を東高安駅に改称。
- 19573月21日:線名を信貴線に戻し、東高安駅も信貴山口駅に改称。同年、西信貴鋼索線が再開。
- 1964この西側ルートとの競合で打撃を受けた信貴生駒電鉄が近鉄に合併される。
- 196712月20日:このダイヤ変更で、1957年の鋼索線再開以降運転されていた大阪上本町からの大阪線経由の直通準急・普通列車が廃止される。
- 196810月10日:自動列車停止装置(ATS)の使用を開始。
- 20012月1日にスルッとKANSAI対応カード、10月14日にJスルーカードの取り扱いを各駅で開始。
- 20074月1日:ICカードのPiTaPa・ICOCAの取り扱いを各駅で開始。
- 20103月19日:ダイヤ変更で日中の運転間隔が毎時4本から3本に減便。12月12日には信貴線・西信貴鋼索線開業80周年を記念して大阪上本町からの直通列車を復活運転。
出典
事実確認日:2026年6月14日