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島原鉄道線

Shimabara Railway Line

島原鉄道線(しまばらてつどうせん)は、九州・長崎県を走る営業キロ43.2キロメートルの鉄道路線である。私鉄の島原鉄道が所有・運営し、JR九州の長崎本線・大村線・西九州新幹線と接続する諫早駅を起点に、島原半島の北岸から東岸に沿って島原市の島原港駅(島原港)までを結ぶ。全線が単線で、軌間1,067ミリメートルの狭軌、非電化であり、全区間を気動車で運転している。駅数は24駅で、単に島原線とも呼ばれる。

雲仙市10 km
島原鉄道線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

会社は1908年に設立され、1907年に仮免許状、1909年に本免許状の下付を受けた。これを受けて建設が進み、1911年6月20日に島原鉄道が最初の区間である本諫早 - 愛野村(現在の愛野駅)間を開業し、諫早 - 本諫早間も同年8月に開業した。鉄道はその後、半島に沿って段階的に東へ南へと延び、1912年に神代町(現・神代)、1913年に大三東および湊新地(現・島原船津)に達して、長く北目線と呼ばれた北側の区間を形成した。

島原以南の延伸は傍系会社の口之津鉄道(当初は不知火鉄道として免許)が建設し、1922年4月22日に島原湊 - 堂崎間を開業、1926年に南有馬(のちの原城)まで、1928年3月1日には加津佐まで延伸して全通させた。この南側の区間は南目線と呼ばれた。両社は戦間期に蒸気から内燃動力の気動車へと置き換え(口之津鉄道は1930年から、島原鉄道は1934年から)、1943年7月1日に島原鉄道が口之津鉄道を合併して、諫早 - 加津佐間の全線を一つの事業者の下に統一した。

1958年4月11日からは、諫早を越えて国鉄長崎本線に乗り入れて長崎まで直通運転を行い、1960年からは国鉄の優等列車に併結して博多まで直通し、半島と九州全体の鉄道網とを直接結んだ。この国鉄線への乗り入れは1980年10月1日まで続き、その後は半島内とその諫早での接続を担う地域輸送へと役割を狭めていった。

1990年代初頭、雲仙岳(普賢岳)の噴火がこの路線を大きく変えた。1991年6月3日の火砕流により南島原 - 布津間が約半年間不通となり、その後も水無川を流れ下る土石流が島原外港 - 深江間をたびたび塞いだ。1993年4月29日からこの区間は休止され、抜本的な対策として島原外港 - 深江間を高架橋に造り替えることとなり、1995年から水無川導流堤に関連する公共の災害復旧事業の一環として工事が行われた。高架区間は完成し、1997年4月1日に全線で運行を再開した。

この長期の不通は、路線の南半分にとって決定的なものとなった。島原鉄道は1985年度から黒字経営を続け、数少ない黒字のローカル線であったが、長期の運休と乗客の減少により赤字に転落し、南島原 - 加津佐間が赤字の約8割を占め、加えて災害復旧で架け替えた鉄橋の固定資産税の負担も重くのしかかった。2007年1月、同社は島原外港 - 加津佐間を廃止する方針を発表し、2008年4月1日に、営業キロ43.2から78.5にあたるこの約35キロメートルの南側区間が廃止され、路線は現在の長さに縮小した。この廃止により、古い国鉄色の赤とベージュをまとって鉄道愛好家に親しまれた在来のキハ20系気動車も引退した。

現在の島原鉄道線はキハ2500形気動車で運転される非電化のローカル線で、諫早口に近郊輸送が集中している。ワンマン運転は1999年に始まり、2019年には2両編成にも拡大され、同年10月1日には多くの駅が改称された(南側の終着駅も島原外港から島原港へと改称された)。バスやフェリーも運営する同社は、有明海沿いを走る週末の観光列車「しまてつカフェトレイン」も運行している。

年表

  • 1908島原鉄道が設立される(1907年に仮免許状、1909年に本免許状を下付)。
  • 19116月20日:島原鉄道が最初の区間、本諫早 - 愛野村(現・愛野)間を開業。8月21日に諫早 - 本諫早間も開業。
  • 19131912年に神代町まで達したのち、北目線が湊新地(現・島原船津)まで開通する。
  • 19224月22日:傍系の口之津鉄道が島原湊 - 堂崎間を開業し、南目線の建設が始まる。
  • 19267月2日:口之津鉄道が南目線を堂崎から南有馬(のちの原城)まで延伸する。
  • 19283月1日:口之津鉄道が南有馬 - 加津佐間を開業し、加津佐までが全通する。
  • 19437月1日:島原鉄道が口之津鉄道を合併し、諫早 - 加津佐間の全線が一つの事業者に統一される(気動車導入は口之津鉄道1930年、島原鉄道1934年)。
  • 19584月11日:国鉄長崎本線に乗り入れて長崎までの直通運転を開始(1960年からは国鉄優等列車に併結して博多まで直通)。
  • 198010月1日:国鉄線への直通運転が廃止され、半島内の地域輸送に戻る。
  • 19916月3日:雲仙普賢岳の火砕流で南島原 - 布津間が約半年間不通となり、12月27日に全線復旧する。
  • 19934月29日:度重なる土石流により島原外港 - 深江間が休止となる。
  • 19974月1日:島原外港 - 深江間の高架化が完成し、全線で運行を再開する。
  • 20084月1日:利用が少ない島原外港 - 加津佐間(営業キロ43.2 - 78.5)の約35キロメートルが廃止され、在来のキハ20系気動車が引退する。
  • 201910月1日:多くの駅が改称され、南側の終着駅も島原外港から島原港に改称される(9月20日に2両ワンマン運転を開始)。

出典