JR線·約3分で読めます

篠ノ井線

Shinonoi Line

篠ノ井線(しのいせん)は、長野県を走る営業キロ66.7キロメートルの幹線鉄道で、東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営している。長野市の外れに位置する篠ノ井駅を起点に、松本を経て南の塩尻駅へと至り、軌間は1,067ミリメートルの狭軌で、全線が直流1,500ボルトで電化されている。善光寺平(長野盆地)の南に広がる高地を越えて松本平へと下る当線は、姨捨のスイッチバックでよく知られ、その高所から見晴らす長野盆地の眺めは日本三大車窓の一つに数えられている。信越本線と中央本線を結ぶ重要な連絡路であり、名古屋から長野へ直通する特急「しなの」が乗り入れている。

篠ノ井線の路線図 · 県境: 国土数値情報(国交省)

歴史

当線は二十世紀の変わり目ごろ、篠ノ井から外へ向かって段階的に建設された。最初の区間である篠ノ井 - 西条間(約28.65キロメートル)が1900年11月1日に開業し、稲荷山・姨捨・麻績(現在の聖高原)・西条の各駅が設けられた。1902年6月15日には西条から松本まで(約24.58キロメートル)が延伸され、明科・田沢・松本の各駅が加わり、同年12月15日に松本 - 塩尻間(約13.84キロメートル)が延伸開業して、村井・塩尻の両駅とともに全線が開通した。

開業から数年間、当線は東京方面へ向かう長い経路の一部を成していた。1906年6月11日に岡谷 - 塩尻間が開業して八王子から篠ノ井までの全区間が結ばれ、1909年10月12日に国有鉄道線路名称が制定されると、昌平橋から篠ノ井までの区間は中央東線とされた。中央本線が全通したのち、塩尻 - 篠ノ井間は1911年5月1日に分離され、現在の篠ノ井線という名称が与えられた。

山越えの中央部は、当線で最も難しい区間であり続けた。列車は全長2,656メートルの冠着トンネルを抜けて、この路線最高の標高676メートルにある冠着駅へと上っていく。ここは蒸気機関車の時代には難所と呼ばれた場所である。勾配を越えて列車を引き上げるため、当線はスイッチバックに頼るようになり、最盛期には1駅3信号場にスイッチバックを有する路線となったが、その後の合理化で、現在は1駅・1信号場の計2か所にまで減っている。残る唯一の駅のスイッチバックが、名高い姨捨のものである。

近代化は1960年代から1970年代初頭にかけて進んだ。複線化は1961年から区間ごとに進められ、同年9月29日の塩尻 - 広丘間に始まり、松本地区を経て1966年12月の田沢 - 明科間まで続いた。直流1,500ボルトの電化も同じ流れで進み、1964年10月1日に南松本から松本まで、1965年5月20日に塩尻まで達した。1968年10月の「ヨンサントオ」ダイヤ改正では、名古屋 - 長野間の「しなの」が181系気動車を用いた特急に格上げされ、1970年2月にはDD51形ディーゼル機関車の投入によって当線の蒸気運転が終わり、D51形の重連による「さよなら」運転が行われた。

当線は1970年代初頭に全線電化と信号近代化を遂げた。1972年2月1日に全線へ列車集中制御装置(CTC)が導入され、1973年3月28日に松本 - 篠ノ井間が電化されて全線の電化が完成した。中央西線の電化に合わせた1973年7月10日のダイヤ改正では、振り子式の381系電車が「しなの」に投入され、1976年4月1日には麻績駅が聖高原駅に改称された。1981年6月6日には姨捨駅 - 桑ノ原信号場間で下り普通列車が脱線し、乗客5人が負傷したが、約25時間後に復旧した。

1987年4月1日の国鉄分割民営化により、篠ノ井線はJR東日本に継承され、日本貨物鉄道(JR貨物)が全線の第二種鉄道事業者として運行する権利を持つこととなった。経路は1988年に整理され、9月10日に西条 - 明科間が付け替えられ、潮沢信号場が廃止された。近年も段階的な改良が続いており、2013年3月には一部列車でワンマン運転が始まり、ICカード(Suica)のサービスが松本 - 塩尻間に及び、2025年2月には全15駅に「SN」の接頭辞を用いた駅ナンバリングが導入され、翌3月には篠ノ井 - 松本間にもSuicaが拡大されて、全線がカードで利用できるようになった。

年表

  • 190011月1日:最初の区間、篠ノ井 - 西条間(約28.65 km)が篠ノ井線として開業。稲荷山・姨捨・麻績(現・聖高原)・西条の各駅を新設。
  • 19026月15日:西条 - 松本間(約24.58 km)が延伸開業。明科・田沢・松本の各駅を新設。
  • 190212月15日:松本 - 塩尻間(約13.84 km)が延伸開業して全通。村井・塩尻の両駅を新設。
  • 19066月11日:岡谷 - 塩尻間が延伸開業し、八王子 - 篠ノ井間が全通。
  • 190910月12日:国有鉄道線路名称が制定され、昌平橋 - 篠ノ井間が中央東線となる。
  • 19115月1日:中央本線の全通に伴い、塩尻 - 篠ノ井間が篠ノ井線として分離される。
  • 196410月1日:南松本 - 松本間が直流1,500Vで電化され、当線の電化が始まる。
  • 19655月20日:電化が塩尻まで達する(塩尻 - 南松本間を電化)。
  • 196612月10日:田沢 - 明科間が複線化され、1961年からの複線化が進む。
  • 196810月1日:「ヨンサントオ」ダイヤ改正で、名古屋 - 長野間の「しなの」が181系気動車により特急に格上げされる。
  • 19702月22日:DD51形ディーゼル機関車を配置して無煙化が完了。D51形重連による「さよなら」運転が行われる。
  • 19722月1日:全線に列車集中制御装置(CTC)を導入。
  • 19733月28日:松本 - 篠ノ井間が電化され、全線電化が完成。7月10日には振り子式の381系電車が「しなの」で運転開始。
  • 19764月1日:麻績駅を聖高原駅に改称。
  • 19816月6日:姨捨駅 - 桑ノ原信号場間で下り普通列車が脱線し、乗客5人が負傷。約25時間後に復旧。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化により当線はJR東日本が継承。JR貨物が全線の第二種鉄道事業者となる。
  • 19889月10日:西条 - 明科間の線路を付け替え、潮沢信号場を廃止。
  • 20252月:全15駅に「SN」の接頭辞を用いた駅ナンバリングを導入。3月には篠ノ井 - 松本間にSuicaが拡大され、全線がカードで利用可能になる。

出典