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宿毛線

Sukumo Line

土佐くろしお鉄道宿毛線(とさくろしおてつどうすくもせん)は、四国南西部の高知県にある営業キロ23.6キロメートルの鉄道路線で、第三セクターの土佐くろしお鉄道が運営している。四万十市の中村駅と宿毛市の宿毛駅とを結び、全線が1,067ミリメートル軌間(狭軌)の非電化単線で、途中を含め8駅を有する。最高速度は120キロメートル毎時で、同社の中村線を西へ延長する形をとり、普通列車のほか四国外から直通する特急列車も走らせて、島の南西端への鉄道輸送を担っている。

宿毛市5 km
宿毛線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は1960年代初頭の日本国有鉄道(国鉄)の計画に起源を持つ。宿毛線は1962年3月に調査線となり、1964年6月に工事線へ昇格した。1964年9月28日には運輸大臣が日本鉄道建設公団に対し宿毛 - 中村間の基本計画を指示した。1972年10月に工事実施計画が認可され、宿毛 - 中村間の工事は1974年2月に始まった。

しかし全通を見ないうちに、国の鉄道政策は地方の新線建設に否定的な方向へ転じた。国鉄改革期の財政緊縮に伴い、当線の工事は1981年10月に凍結された。この計画を救ったのは地元の第三セクター事業者の設立であった。土佐くろしお鉄道は、国鉄が着工しながら完成させない鉄道計画を引き継ぐため、1986年5月8日に発足した。同社は1987年初めに事業免許を受け、宿毛線の工事は1987年3月12日に再開された。

最初の指定からおよそ四半世紀を経て、路線はようやく開業した。1997年10月1日、営業キロ23.6キロメートルの宿毛 - 中村間が土佐くろしお鉄道の路線として開業し、中村で同社の既設の中村線に接続して、宿毛市まで鉄道を西へ延ばした。当線は比較的な高速運転に対応した近代的な非電化鉄道として建設・開業し、最小曲線半径は350メートルであった。

開業から8年に満たないうちに、当線は日本でも有数の過走事故の現場となった。2005年3月2日の20時41分頃、岡山発宿毛行きの下り特急「南風17号」が、終点の宿毛駅に停止せず約113キロメートル毎時の高速で進入した。3両編成のJR四国2000系気動車は車止めに突入し、そのまま駅舎に衝突してエレベーターを破壊し、外壁を突き破って、先頭車はテレスコーピング現象により完全に変形・圧壊した。

この衝突で運転士1人が死亡し、車掌1人と乗客10人の計11人が負傷した。指定された原因は過労運転であった。当線には自動列車停止装置(ATS)が備えられていたものの、地上設備の設置位置が最高速度での進入に対しては十分でなかった。事故後、運営者は過走防止策として時素式のATS-SS速度照査地上子を増設し、JR四国も他の行き止まり式の終端駅に同様の装置を増設することを決めた。運転は段階的に再開され、普通列車は2005年4月7日、特急列車は同年6月13日、そして駅までの全面的な旅客営業は同年11月1日に再開された。

現在、宿毛線は土佐くろしお鉄道の路線網の西端に位置する地方のローカル単線として残っている。中村(TK40)から宿毛(TK47)まで駅番号が付され、同社のTKT-8000形気動車に加え、直通する特急運用ではJR四国の2000系・2700系気動車が使用されて、高知県南西部の宿毛地域への主要な鉄道連絡を提供している。

年表

  • 19623月29日:宿毛線が調査線となる。
  • 19646月25日:宿毛線が工事線に昇格。9月28日、運輸大臣が日本鉄道建設公団に宿毛 - 中村間の基本計画を指示。
  • 197210月24日:工事実施計画が認可される。
  • 19742月:宿毛線宿毛 - 中村間が着工する。
  • 198110月:国鉄改革期の緊縮の中、工事が凍結される。
  • 19865月8日:国鉄が着工しながら完成させない鉄道計画を引き継ぐため、土佐くろしお鉄道株式会社が発足する。
  • 19873月12日:事業者の免許を得て、宿毛線の工事が再開される。
  • 199710月1日:宿毛 - 中村間(23.6km)が土佐くろしお鉄道の路線として開業し、中村で中村線に接続する。
  • 20053月2日20時41分頃:岡山発の特急「南風17号」が約113km/hで宿毛駅に進入し、車止めに突入して駅舎に衝突。運転士1人が死亡、車掌1人・乗客10人の計11人が負傷。指定原因は過労運転。
  • 2005事故後、過走防止策としてATS-SS時素式速度照査地上子を増設。運転は段階的に再開され、普通列車は4月7日、特急列車は6月13日、宿毛駅までの旅客営業は11月1日に再開された。

出典