歴史
この路線は、40年以上にわたって一本につながらなかった二つの別々の起源から育った。東側の区間は会津線(会津線)として始まり、軽便鉄道法によって計画された。1926年10月15日に会津若松駅 - 会津坂下駅間(21.6キロメートル)が開業し、続いて1928年11月20日に会津柳津駅まで(11.7キロメートル)延伸された。会津柳津 - 小出間は、改正鉄道敷設法別表に「福島県柳津ヨリ只見ヲ経テ新潟県小出ニ至ル鉄道」として規定された予定線である。東側の区間はさらに1941年10月28日に会津宮下駅まで(12.1キロメートル)延ばされた。
一方、西側の区間は只見線として独立して開業し、1942年11月1日に小出駅 - 大白川駅間(26.0キロメートル)が運転を開始した。第二次世界大戦後、東側の区間は、田子倉ダムおよび滝ダムの建設のため、1956年9月20日に会津川口駅まで(15.4キロメートル)再び延伸された。会津川口の終端からは、電源開発株式会社が敷設した専用鉄道が1957年から1961年まで田子倉の建設現場へダム建設用の貨物を運び、田子倉ダムの完成後はこの線路が改良されて、1963年8月20日に只見駅まで(27.6キロメートル)国鉄線として開業した。
最後の連結は1971年8月29日に実現し、日本鉄道建設公団によって「只見中線」として建設され旅客営業のみで運行される只見駅 - 大白川駅間(20.8キロメートル)が開業した。同じ日に、西側の小出 - 大白川間が東側の路線に編入され、西若松駅 - 会津滝ノ原駅間の支線が分離されて新たな会津線となり、会津若松駅 - 小出駅間の135.2キロメートルの直通路線が、今日知られる只見線となった。蒸気機関車は1974年10月31日に最後の定期運転を行い、貨物営業は1980年から1982年にかけて廃止された。
1987年4月1日の日本国有鉄道の分割民営化に際して、この路線は第一種鉄道事業者であるJR東日本に引き継がれ、JR貨物が西若松駅 - 会津若松駅間の短い区間で第二種鉄道事業者として貨物の権利を担った。豪雪地帯にあって利用の少ないローカル線として、只見線はたびたび自然災害で寸断された。2004年の新潟県中越地震ではその年の10月から11月20日まで只見駅 - 小出駅間が不通となり、2005年にも、また2015年にも、土砂崩れや暴風雨によって路線が分断された。
決定的な出来事は2011年7月30日に起きた。新潟・福島豪雨の集中豪雨により、会津川口駅 - 会津大塩駅間で只見川の第五・第六・第七橋梁が流失し、会津柳津駅付近で路盤が破壊されて、会津坂下駅 - 小出駅間の113.6キロメートルにわたって路線が寸断された。多くの区間は数週間から数か月で復旧し、只見 - 大白川間は2012年10月1日に再開したが、費用のかさむ橋梁の再建を含む会津川口駅 - 只見駅間の27.6キロメートルは不通のまま残され、その将来が議論される間、代行バスで代替された。田子倉駅は2013年に、柿ノ木駅は2015年に、いずれも利用が極めて少ないため廃止された。
寸断区間の復旧は長期化し、難航した。黒字経営の会社であるJR東日本は、当時赤字路線に適用された災害復旧援助の対象とならず、復旧費はおよそ81億円にまで膨らんだためである。2017年6月、JR東日本と福島県は、県が復旧費の3分の2を、JR東日本が3分の1を負担する上下分離方式で路線を再建することで合意し、工事は2018年6月に始まった。国土交通省は2021年11月に福島県を第三種(施設保有)事業者、JR東日本を第二種(列車運行)事業者として許可し、2022年10月1日に会津川口駅 - 只見駅間が再開して、11年ぶりに全線での直通運転が回復した。その日から、再開した区間は上下分離方式のもとで運行され、福島県が施設を保有しJR東日本が列車を運行することとなり、会津若松駅 - 只見駅間でワンマン運転が始まった。
年表
- 192610月15日:路線の東側の起源である会津線(会津若松駅 - 会津坂下駅間、21.6 km)が軽便鉄道法により開業。
- 192811月20日:会津線が会津坂下駅から会津柳津駅まで(11.7 km)延伸開業。
- 194110月28日:東側区間が会津柳津駅から会津宮下駅まで(12.1 km)延伸開業。
- 194211月1日:西側区間が只見線として小出駅 - 大白川駅間(26.0 km)で開業。
- 19569月20日:田子倉ダム・滝ダムの建設のため、東側区間が会津宮下駅から会津川口駅まで(15.4 km)延伸開業。
- 19638月20日:田子倉ダムの完成後、ダム建設用の線路を改良し、会津川口駅 - 只見駅間(27.6 km)が国鉄線として開業。
- 19718月29日:旅客営業のみの只見駅 - 大白川駅間(20.8 km)が開業して両端が接続。会津若松駅 - 小出駅間(135.2 km)の直通路線が只見線となり、西若松駅 - 会津滝ノ原駅間の支線は新たな会津線として分離。
- 197410月31日:蒸気機関車が最後の定期運転を行う。
- 19828月1日:西若松駅 - 只見駅間の貨物営業を廃止(大白川 - 小出間は1980年に廃止済み)。
- 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い、第一種鉄道事業者のJR東日本が路線を継承。JR貨物が西若松駅 - 会津若松駅間の第二種鉄道事業者となる。
- 200410月23日:新潟県中越地震により只見駅 - 小出駅間が不通となる(11月20日に運行再開)。
- 20117月30日:平成23年7月新潟・福島豪雨により、会津川口駅 - 会津大塩駅間で只見川第5 - 第7橋梁が流失し、会津柳津駅付近で路盤が流出して、会津坂下駅 - 小出駅間113.6 kmが不通となる。
- 201210月1日:只見駅 - 大白川駅間が復旧し、不通区間は会津川口駅 - 只見駅間(27.6 km)のみとなり、代行バスで代替される。
- 202210月1日:会津川口駅 - 只見駅間が11年ぶりに復旧して全線運転を再開。同区間は上下分離方式(福島県が第三種、JR東日本が第二種事業者)に移行し、会津若松駅 - 只見駅間でワンマン運転を開始。
出典
事実確認日:2026年6月14日