歴史
この鉄道は、まず私設の豊州鉄道によって建設され、1895年8月15日に行橋駅 - 伊田駅(現在の田川伊田駅)間が開業した。その後数年にわたり段階的に延伸され、1896年に伊田駅 - 後藤寺駅間、1899年と1903年には川崎・添田方面へと延び、炭鉱を結ぶ短い貨物支線も次々に設けられた。この路線は筑豊炭田の石炭を、行橋の北にある苅田港へ向けて運び、積み出していた。
1901年、豊州鉄道はより大きな九州鉄道に合併された。その九州鉄道も1907年7月1日に鉄道国有法により国有化され、この経路は国有鉄道の路線網に組み込まれた。1909年10月12日に官設鉄道が国有鉄道線路名称を制定した際、この経路は正式に田川線と命名された。
国有化後も路線は伸び、たびたび整理された。1942年8月25日には西添田から彦山まで南へ延伸された。南側の区間はのちに分離され、添田 - 彦山間は1956年に日田線(現在の日田彦山線)へ編入され、さらに1960年4月1日の整理によって伊田 - 添田間も日田彦山線へ移されて、田川線は現在の行橋 - 田川伊田間の経路となった。
この路線の盛衰は石炭と結びついていた。戦後の数十年を通じて筑豊炭田が衰退し炭鉱が閉山していくと、貨物輸送は激減し、利用者も減少した。1899年から香春駅(現在の勾金駅)より北の夏吉へと延びていた短い貨物支線も、石炭輸送の衰退に伴い1973年に廃止された。
日本国有鉄道の分割民営化により、赤字路線である当線はJR九州が引き継いだ。しかしJR九州は自ら運営を続けるのではなく、隣接する伊田線・糸田線とともに田川線を新たに設立された第三セクターの平成筑豊鉄道へ転換し、同社が1989年10月1日に運営を引き継いだ。以後、当線は平成筑豊鉄道によって運行されている。
福岡県中部の丘陵地帯を川沿いに進む鉄道として、田川線は水害に弱く、2010年・2012年・2018年・2020年には豪雨により不通となり、そのつど復旧工事を経て直通運転が再開された。また当線には明治の石炭時代の名残も残されており、その一つである内田三連橋梁は、1999年に国の文化財として登録された古い煉瓦造りのアーチ橋である。
年表
- 18958月15日:豊州鉄道が行橋駅 - 伊田駅(現・田川伊田駅)間を開業。
- 18962月5日:伊田駅 - 後藤寺駅間を延伸開業。
- 18997月10日:後藤寺駅 - 川崎駅間を延伸開業。1月25日には香春駅(現・勾金駅) - 夏吉駅間の貨物支線が開業していた。
- 19019月3日:豊州鉄道が九州鉄道に合併。
- 190312月21日:川崎駅 - 添田駅間を延伸開業。
- 19077月1日:鉄道国有法により九州鉄道が買収(国有化)される。
- 190910月12日:国有鉄道線路名称制定により田川線と命名される。
- 19428月25日:西添田駅 - 彦山駅間を延伸開業。
- 19563月15日:添田駅 - 彦山駅間を日田線(現・日田彦山線)に編入。
- 19604月1日:線区分離により伊田駅 - 添田駅間を日田彦山線に編入し、田川線は現在の経路となる。
- 19731899年開業の香春駅(現・勾金駅) - 夏吉駅間の貨物支線が、石炭輸送の衰退に伴い廃止される。
- 198910月1日:国鉄分割民営化を受け、JR九州が伊田線・糸田線とともに田川線を第三セクターの平成筑豊鉄道へ転換し、同社が運営を引き継ぐ。
- 20107月14日:集中豪雨により崎山駅 - 源じいの森駅間で不通。9月25日に崎山 - 油須原間の運行を再開。
- 20127月14日:豪雨により崎山駅 - 田川伊田駅間が不通。9月9日に運行を再開。
- 20187月6日:平成30年7月豪雨で全線不通。10月27日に崎山 - 田川伊田間の運行を再開。
- 20207月7日:令和2年7月豪雨の影響で犀川駅 - 田川伊田駅間が不通。7月18日に犀川駅 - 油須原駅間の運行を再開し全線復旧。
出典
事実確認日:2026年6月14日