JR線·約3分で読めます

高森線

Takamori Line

高森線(たかもりせん)は、第三セクターの南阿蘇鉄道が運営する営業キロ17.7キロメートルの鉄道路線で、熊本県の阿蘇カルデラ南部にあたる南阿蘇村の立野駅と高森町の高森駅とを結んでいる。全線が単線・1,067ミリメートルの狭軌で非電化、駅数は10、最高速度は65キロメートル毎時である。行き違い設備は中松駅のみに設けられている。かつては赤字を抱える国鉄の支線であったが、1986年に地元の第三セクターへ引き継がれ、現在では2016年の熊本地震に伴う長期の運休と全線復旧で広く知られている。

熊本5 km
高森線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は国の事業として始まった。1928年2月12日、鉄道省が立野 - 高森間を宮地線として開業した。同じ年の1928年12月2日、豊肥本線が阿蘇を経て全通すると、高森への支線はそこから分離され、高森線と改称された。

利用の少ない地方路線であったため、国鉄の合理化の対象となった。1981年9月1日には第一次特定地方交通線に指定され、国鉄の路線としては廃止の対象とされた。貨物営業は1984年2月1日に廃止され、同年11月17日には、そのまま廃止するのではなく第三セクターへ転換することが決定された。

南阿蘇鉄道は、国鉄の全国的な分割・民営化を目前に控えた1986年4月1日に、国鉄から高森線を引き継いだ。新たな運営者は地域の利用に応えるため早速駅を増設し、加勢駅と見晴台駅が1986年11月1日に開業した。その後の数十年でさらに途中駅が設けられ、1992年4月1日には、その正式名称「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」が当時の日本一長い駅名であった駅も開業し、2012年3月17日には南阿蘇白川水源駅が加わった。

この路線は、2016年4月の熊本地震によって危機に陥った。2016年4月14日から全線で運転を見合わせ、4月16日に本震が発生すると、西端の立野 - 長陽間で甚大な被害が生じ、第一白川橋梁や犀角山トンネル・戸下トンネルなどのトンネルや橋梁にひび割れや変状が確認された。まず東側が復旧し、中松 - 高森間が2016年7月31日に運転を再開した一方、被災した西側の区間は数年にわたる復旧工事のため運休が続いた。

立野 - 長陽間の復旧は大規模な事業であり、小規模な運営者だけでは費用を負担できなかったため、公的な支援を受けて進められた。復旧の枠組みの一環として、路線は2023年4月1日に上下分離方式へ移行し、新たに設立された一般社団法人南阿蘇鉄道管理機構が施設を保有・維持する第三種鉄道事業者となり、南阿蘇鉄道は列車を運行する第二種鉄道事業者として運営を続けることとなった。

全線の運転は2023年7月15日にようやく復活し、立野 - 中松間が運転を再開して、地震以来初めて列車が全線を走り通した。この再開に合わせてJR九州への直通運転も始まり、午前中の2往復が立野から豊肥本線へ乗り入れて肥後大津駅まで運行されるようになり、阿蘇カルデラと熊本方面とが直通の鉄路で結ばれた。同日、阿蘇下田城ふれあい温泉駅は阿蘇下田城駅に改称された。

年表

  • 19282月12日:鉄道省が立野 - 高森間を宮地線として開業。
  • 192812月2日:豊肥本線の全通に伴い、支線が分離されて高森線と改称される。
  • 19819月1日:第一次特定地方交通線に指定され、廃止の対象となる。
  • 19842月1日:当線の貨物営業が廃止される。
  • 198411月17日:廃止ではなく第三セクターへ転換することが決定される。
  • 19864月1日:南阿蘇鉄道が国鉄から高森線を引き継ぐ。
  • 198611月1日:加勢駅と見晴台駅が開業する。
  • 19924月1日:当時日本一長い駅名であった南阿蘇水の生まれる里白水高原駅が開業する。
  • 20123月17日:南阿蘇白川水源駅が開業する。
  • 20164月14日:熊本地震の影響により全線で運転を見合わせる。
  • 20164月16日:本震により立野 - 長陽間が甚大な被害を受け、第一白川橋梁などのトンネルや橋梁にひび割れ・変状が生じる。
  • 20167月31日:中松 - 高森間が運転を再開する一方、西側区間は復旧工事のため運休が続く。
  • 20234月1日:上下分離方式へ移行し、一般社団法人南阿蘇鉄道管理機構が第三種鉄道事業者、南阿蘇鉄道が第二種鉄道事業者となる。
  • 20237月15日:立野 - 中松間が運転を再開して2016年以来初めて全線運転を再開。午前中の2往復が豊肥本線肥後大津駅まで直通運転を開始し、阿蘇下田城ふれあい温泉駅が阿蘇下田城駅に改称される。

出典