歴史
この路線は竹鼻鉄道(たけはなてつどう)に始まり、同社は1921年6月25日に最初の区間として新笠松(現在の西笠松)- 新栄(現在の竹鼻駅)間を開業した。この開業区間は当初から直流600ボルトで電化されていた。竹鼻鉄道は同年に鉄道免許状の下付を受けたのち1919年11月に設立された会社で、その路線は笠松以南の稲作地帯に、岐阜周辺の美濃地方の軌道・鉄道網へとつながる初めての鉄道を与えた。
鉄道は段階的に南へ延伸された。新栄は1929年2月に栄町と改称され、1929年4月1日には竹鼻鉄道が栄町 - 大須間の延伸区間を開業して全線が開通し、現在の羽島市域の奥深くへと達した。その後10年ほど、竹鼻鉄道はこの笠松 - 大須間を運営する独立した会社として存続した。
やがて名古屋周辺の鉄道再編の波がこの路線にも及んだ。1930年8月、名古屋鉄道は笠松付近の線路が竹鼻鉄道の終端と接続していた美濃電気軌道(みのでんきききどう)を合併し、1943年3月1日には竹鼻鉄道自体も名古屋鉄道に合併され、名鉄が同線の唯一の運営者となった。以後、この路線は一貫して名鉄の路線網の一部であり続けている。
名鉄のもとで、路線は近代化され、ほかの路線網とより緊密に結びつけられていった。1962年6月10日には給電電圧が当初の600ボルトから直流1,500ボルトへ昇圧され、名鉄の幹線と統一された。1982年12月11日には、東海道新幹線の岐阜羽島駅に隣接する新羽島へ向けて江吉良から新たに羽島線が開業し、竹鼻線・羽島線で急行運転が始まって、この沿線に新幹線接続駅、さらには名古屋方面への速達経路がもたらされた。
しかし、路線の南端はこの転換を生き延びられなかった。直通列車が新羽島へ向かう新しい羽島線へと振り替えられたことで、江吉良から南の大須までの旧来の末端区間はその役割を失い、2001年10月1日に江吉良 - 大須間が廃止されて羽島市の代替バスに転換された。以後、竹鼻線は笠松から江吉良までを走るのみとなり、その列車は江吉良で羽島線へ直通している。名古屋本線の名鉄岐阜駅まで直通する列車も多いが、いずれも運転区間は岐阜県内で完結している。
年表
- 191911月14日:竹鼻鉄道株式会社が設立される(同年6月24日に鉄道免許状の下付を受けていた)。
- 19216月25日:竹鼻鉄道が最初の区間、新笠松(現・西笠松)- 新栄(現・竹鼻)間を直流600Vで開業。
- 19294月1日:栄町(2月に新栄から改称)- 大須間が開業し、全線が開通。
- 19308月:名古屋鉄道が、笠松付近の路線が竹鼻鉄道の終端と接続していた美濃電気軌道を合併。
- 19433月1日:竹鼻鉄道が名古屋鉄道(名鉄)に吸収合併され、名鉄が同線の現運営者となる。
- 19626月10日:架線電圧が600Vから直流1,500Vに昇圧される。
- 198212月11日:江吉良 - 新羽島間に羽島線が開業し(東海道新幹線・岐阜羽島駅に隣接)、急行運転が始まる。
- 200110月1日:江吉良 - 大須間が廃止され、羽島市の代替バスに転換。以後は笠松 - 江吉良間のみの運行となる。
出典
事実確認日:2026年6月14日