歴史
この路線は観光施設として造られたものではない。本州と北海道を結ぶ海底鉄道である青函トンネルの長い建設工事の際に、竜飛斜坑へ掘り進められた作業用の斜坑として生まれ、作業員の移動や物資の輸送に使われた。斜坑はトンネル内に2つある定点のうちの一つ、本州側の竜飛定点(旧・竜飛海底駅)に通じている。北海道側の吉岡斜坑にも同様の建設用ケーブルカーが設けられたが、竜飛側と違って一般公開はされておらず、鉄道事業法に基づく事業許可も受けていない。
トンネルそのものは一世代がかりの事業であった。このケーブルカーの現在に続く一般営業は1988年に始まる。3月11日に道の駅みんまやにて青函トンネル記念館が開館し、3月13日にはJR北海道の海峡線が開業して青函トンネルが供用を開始、そして7月9日に青函トンネル竜飛斜坑線そのものが開業し、地上の青函トンネル記念館駅と地下の体験坑道駅という2つの駅が開設された。
実質的には一施設におけるアトラクションに近い形態であるが、本路線は鉄道事業法に基づく正規の鉄道として運営されており、同法により運賃やダイヤの設定、安全報告書の公表が義務付けられ、国土交通省の鉄道統計にも記載される。定員40名の車両1両が全線単線をケーブルカーとして釣り合いをとりながら往復し、上部の駅のそばには巻き上げ機がある。係員が車両の操作と、車両が無人で走行する間に斜坑を仕切る通風門の開閉を担う。2002年には、この上部の駅が「世界一長い海底トンネルの記念館」として東北の駅百選に選定された。
記録上の位置づけは、青函トンネル全体の変化とともに移り変わった。JR北海道は2013年11月に海底の竜飛海底駅の見学を終了し、北海道新幹線の工事に向けた準備の一環として2014年3月14日限りで同駅を廃止した。トンネル内の2つの海底駅がなくなると、地下の体験坑道駅は世界で最も海抜の低い駅となった。これらの廃止の後も、ケーブルカーの運行と体験坑道の一般公開は変わらず続けられている。
このケーブルカーは、本来の安全上の役割も実際に果たしている。2015年4月3日、青函トンネルを走行していた特急「スーパー白鳥34号」の床下から煙が発生し、列車は竜飛定点に停車して、乗客と乗員はケーブルカー経由で地上へ避難した。それ以外のときは、本路線は季節営業の記念館のアトラクションとして、9時台から夕方の17時台まで、閑散期はおよそ50分間隔、多客期は25分間隔で運行され、毎年冬季(11月上旬から4月下旬)には、アクセス道路の国道339号が閉鎖されて記念館自体が休館するため運休する。2021年4月23日改定の運賃では、片道600円・往復1,200円(小人半額)であるが、通常は往復利用のみで片道乗車券は発売されない。
年表
- 19883月11日:道の駅みんまやにて青函トンネル記念館が開館。
- 19883月13日:JR北海道の海峡線(津軽海峡線)が開業し、青函トンネルが供用を開始。
- 19887月9日:青函トンネル竜飛斜坑線が開業。青函トンネル記念館駅、体験坑道駅が開設される。
- 2002青函トンネル記念館駅が、「世界一長い海底トンネルの記念館」として東北の駅百選に選定される。
- 20143月14日:JR北海道が海底の竜飛海底駅を廃止(見学は2013年11月に終了)。トンネル内の2つの海底駅がなくなり、地下の体験坑道駅が世界で最も海抜の低い駅となる。
- 20154月3日:青函トンネルを走行中の特急「スーパー白鳥34号」の床下から煙が発生。列車は竜飛定点に停車し、乗客・乗員がケーブルカー経由で地上に避難する。
- 20214月23日:改定運賃が実施され、片道600円・往復1,200円(小人半額)となる。通常は往復乗車券のみの発売。
出典
事実確認日:2026年6月14日