歴史
正式な起点は新王寺駅であるが、列車運行上は西田原本駅から新王寺駅へ向かう列車が下り、その逆方向が上りとされている。この路線は他の路線に直接接続する駅を持たず、近鉄の路線網の中で物理的に孤立している。ただし実際には、新王寺駅は生駒線(および大和路線・和歌山線)の王寺駅に隣接し、西田原本駅は橿原線の田原本駅に隣接しているため、利用者は徒歩で乗り継ぐことができる。また西田原本駅のすぐ北側には橿原線との連絡線があり、これによって線路自体は他の路線とつながっていて、車両の出し入れに用いられている。
この路線は大和鉄道の手によって、軌間1,067ミリメートルの蒸気鉄道として開業した。最初の区間である新王寺駅 - 田原本駅(現在の西田原本駅)間は1918年4月26日に開業し、新王寺・大輪田・池部・箸尾・黒田・田原本の各駅が設けられた。同社はその後、田原本より東へ路線を延ばし、1922年に田原本 - 味間間を、1923年に味間 - 桜井町間を開業させ、1928年5月1日には桜井まで延伸した。大和鉄道は桜井に達し、さらに名張方面への延伸も画策していたが、近鉄の前身である大阪電気軌道(大軌)が競合する畝傍線(後の橿原線)や大阪線を近くに建設したため、収入が減少し、大軌の傘下に入ることとなった。
第二次世界大戦はこの鉄道の姿を大きく変えた。不要不急の路線と判断された田原本 - 桜井間は、近鉄の路線と競合していたこともあり、1944年1月11日に休止され、休止区間は1958年12月27日に正式に廃止された。その跡地はのちに道路に転用され、現在は奈良県道14号となっている。一方、残された新王寺 - 田原本間は、近鉄グループの他の路線と規格を揃えるため、1948年6月15日に1,067ミリメートルから標準軌の1,435ミリメートルへ改軌され、あわせて電化された。これは近鉄自身の名古屋線や鈴鹿線の改軌に先行して行われたものである。
この路線の経営は1960年代に二度移り変わった。1961年に大和鉄道は、当時の近鉄生駒線を経営していた信貴生駒電鉄に合併され、路線は同社の田原本線となった。そのわずか3年後の1964年10月1日には、近鉄自身が信貴生駒電鉄を合併したため、路線は近鉄田原本線となり、同時に田原本駅は橿原線の田原本駅と区別するため西田原本駅に改称された。当初600ボルトであった架線電圧はのちに昇圧され、1969年9月21日に直流1,500ボルトへ引き上げられ、1971年には自動列車停止装置(ATS)の使用が始まった。
20世紀後半を通じて、沿線で宅地開発が進み、大阪方面への通勤路線となるなかで、路線は着実に近代化されていった。1983年11月30日には大輪田 - 池部間に佐味田川駅が新設された。大型車を入れるために新王寺 - 大輪田間の曲線が緩和されたのち、1990年7月1日から大型車の運用が始まった。1992年3月19日にはワンマン運転が開始され、これにあわせて西田原本駅の改良工事が完成し、黒田駅が再び有人化されて、一時は全8駅が有人駅となった。
21世紀に入ると、路線は乗客の減少に対応してきた。2007年4月1日にはICカードのPiTaPaとICOCAが全線で利用できるようになった。2011年10月1日には、地域の高齢化に伴って乗降客が減少したことから、中間の6駅が無人化され、有人駅は西田原本駅と新王寺駅の2駅のみとなった。2018年には開業100周年を迎え、8400系の車両に記念の復刻塗装が施された。なお、大和鉄道の手で開業したことから、この地域に古くから住む高齢者の中には、いまもこの路線を「大鉄(やまてつ)」という古い愛称で呼ぶ人がいる。
年表
- 19184月26日:大和鉄道が最初の区間である新王寺 - 田原本(現在の西田原本)間を軌間1,067mmの蒸気鉄道として開業。新王寺・大輪田・池部・箸尾・黒田・田原本の各駅が開業。
- 19229月3日:田原本より東へ延伸し、田原本 - 味間間が開業。
- 19235月2日:味間 - 桜井町間が開業し、桜井方面へ路線が延びる。
- 19285月1日:桜井町 - 桜井間が開業。これが最終延伸で、現在の近鉄大阪線の桜井に達した。
- 19325月5日:箸尾 - 黒田間に但馬駅が開業。
- 19441月11日:戦時中の不要不急線として、近鉄の路線と競合する田原本 - 桜井間が休止される。
- 19486月15日:残る新王寺 - 田原本間が1,067mmから標準軌(1,435mm)へ改軌され、電化される。近鉄の名古屋線・鈴鹿線に先行して実施された(英語版は当初電圧を直流600Vとする)。
- 195812月27日:休止中の田原本 - 桜井間が正式に廃止。その跡地はのちに奈良県道14号となる。
- 196110月1日:信貴生駒電鉄が大和鉄道を合併し、路線を田原本線とする。
- 196410月1日:近畿日本鉄道が信貴生駒電鉄を合併し、近鉄田原本線となる。田原本駅が西田原本駅に改称。
- 19699月21日:架線電圧が600Vから直流1,500Vに昇圧される。
- 19719月6日:自動列車停止装置(ATS)の使用を開始。
- 198311月30日:大輪田 - 池部間に佐味田川駅が開業。
- 19907月1日:新王寺 - 大輪田間の曲線緩和により、大型車の運用を開始。
- 19923月19日:ワンマン運転を開始。西田原本駅の改良工事が完成し、黒田駅が有人化されて、一時は全8駅が有人駅となる。
- 20074月1日:全駅でICカードのPiTaPa・ICOCAの取り扱いを開始。
- 201110月1日:高齢化による乗降客の減少に伴い、中間の6駅が無人駅となり、有人駅は西田原本・新王寺の2駅のみとなる。
出典
事実確認日:2026年6月14日