歴史
この路線の路線番号は「1」(かつては1号線と呼ばれた)であり、これは1920年の東京市の告示で計画された東京最初の地下鉄路線だったことによる。その告示は、品川方面から新橋・雷門を経て押上に至る経路を描いていた。初期の民間事業者に与えられた建設特許は、着工に至らなかったため1923年の関東大震災後に取り消された。1941年9月1日、帝都高速度交通営団の設立に伴い、東京市と民間の地下鉄道各社が保有していた路線免許が有償で同営団に譲渡された。戦後に計画は改訂され、1946年には計画第1号線が武蔵小山駅 - 下板橋駅間とされ、1957年には都市交通審議会の答申により馬込東 - 押上間の経路へと改められて、東京都と営団が建設免許を分担することになった。
地下鉄1号線の最初の建設工事は1956年8月27日に始まり、度重なる遅延を経て、最初の3.2キロメートルの区間である押上駅 - 浅草橋駅間が1960年12月4日に都営1号線として開業した。同日、この路線は京成電鉄との相互直通運転を開始した。これは地下鉄と郊外の民鉄事業者による日本初の相互直通運転であり、日本の都市交通における画期的な出来事であった。直通運転を可能にするため、この路線は他で一般的だった狭軌ではなく、京成(のちに京急も)が用いる1,435ミリメートルの標準軌で建設された。また当初の多くの計画とは異なり、既存の東武線や地下鉄線との接続を生かすため、経路は浅草を通るように変更された。
その後、路線は都心部を通って段階的に延伸された。浅草橋 - 東日本橋間は1962年5月に開業したが、これは同年3月に人形町付近で発生した地盤陥没事故により1名が死亡し工事が遅れたため、暫定的に単線での開業であった。続いて東日本橋 - 人形町間が1962年9月、人形町 - 東銀座間が1963年2月、東銀座 - 新橋間が1963年12月に開業し、新橋では旧汐留信号所が駅に格上げされて新橋駅となった。新橋 - 大門間は1964年10月に開業した。
南側への直通運転は1968年に実現した。1968年6月21日に大門 - 泉岳寺間が開業し、京浜急行電鉄(京急)との相互直通運転が始まって、この路線は二つ目の民鉄直通先を得た。1968年11月15日には最後の泉岳寺 - 西馬込間が開業し、西馬込から押上までの全線が開通した。路線には1970年7月に初めてラインカラー(当時は朱色)が導入され、1978年7月1日には都営1号線から都営浅草線へと改称された。正式名称は2000年4月に単に浅草線へと短縮された。
この路線の空港アクセスとしての役割は、1990年代から2000年代にかけて着実に高まった。1989年には江戸橋駅が日本橋駅に改称され、1991年3月31日には北総開発鉄道(現・北総鉄道)との相互直通運転が始まった。1993年に京急空港線が暫定的な羽田駅(現・天空橋駅)まで達すると羽田への直通列車が始まり、1998年11月18日の京急空港線全線開業に伴い、地下鉄初の特急列車であるエアポート快特が登場した。1998年から浅草線は羽田と成田を結ぶ直通鉄道経路の一部を成すようになった。2002年10月27日には芝山鉄道との相互直通運転が始まり、2010年7月17日には北総線経由の京成成田空港線(成田スカイアクセス)の開業によって成田空港への速達経路が加わった。
近年、この路線は延伸ではなく近代化が進められている。2006年には新橋 - 大門間に都営大江戸線との連絡線である汐留連絡線が開通し、C-ATS信号システムは2011年2月までに全線で本使用となった。2014年からは全列車が8両編成となり、2018年には新型の5500形が営業運転を開始し、ホームドアが順次設置されて、最後の押上駅が2024年2月に完成したことで全線のホームドア整備が完了した。
年表
- 19201920年の東京市告示第2号で、将来の1号線が品川方面 - 新橋 - 雷門 - 押上の経路として計画される。
- 19419月1日:帝都高速度交通営団の設立に伴い、東京市と地下鉄道各社が保有していた路線免許が有償で同営団に譲渡される。
- 19568月27日:地下鉄最初の路線の建設工事が始まる。
- 196012月4日:最初の3.2km区間である押上 - 浅草橋間が都営1号線として開業。京成電鉄との相互直通運転を開始し、地下鉄と民鉄による日本初の相互直通運転となる。
- 19623月に人形町付近で地盤陥没事故が発生し1名死亡。5月に浅草橋 - 東日本橋間が暫定単線で開業し、9月に東日本橋 - 人形町間が開業。
- 19632月に人形町 - 東銀座間が開業。12月に東銀座 - 新橋間が開業し、旧汐留信号所が新橋駅に格上げされる。
- 196410月:新橋 - 大門間が開業(当初は単線運転)。
- 19686月21日:大門 - 泉岳寺間が開業し、京浜急行電鉄(京急)との相互直通運転を開始。11月15日に泉岳寺 - 西馬込間が開業して全線開通。
- 19707月:路線に初めてラインカラー(当時は朱色)が導入される。
- 19787月1日:都営1号線から都営浅草線に改称される。
- 19893月19日:江戸橋駅が日本橋駅に改称される。
- 19913月31日:北総開発鉄道(現・北総鉄道)との相互直通運転を開始。
- 199811月18日:京急空港線全線開業に伴い、地下鉄初の特急列車であるエアポート快特が運転開始。この頃から羽田 - 成田間の直通鉄道経路の一部を成す。
- 20004月20日:正式名称が都営浅草線から浅草線に改称される。
- 200210月27日:芝山鉄道との相互直通運転を開始。
- 20107月17日:北総線経由で成田空港を結ぶ京成成田空港線(成田スカイアクセス)開業に伴い、同線との直通運転を開始。
- 20242月20日:押上駅の全番線でホームドアの供用が開始され、全駅でホームドア整備が完了する。
出典
事実確認日:2026年6月14日