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6号線三田線

Toei Mita Line

都営三田線(とえいみたせん)は、東京都交通局(都営地下鉄)が運営する営業キロ26.5キロメートルの地下鉄の高速鉄道路線である。都心の南西側に位置する南端の目黒駅を起点に、北へ向かって板橋区の西高島平駅へと至り、途中あわせて27の駅を結ぶ。軌間1,067ミリメートルの狭軌で、直流1,500ボルト・架空電車線方式により電化されており、ラインカラーは青である。計画上の名称は「6号線」で、南端では東急目黒線と相互直通運転を行い、その先では列車が東急新横浜線および相鉄線方面へと直通する。

東京板橋区北区品川区豊島区世田谷区江東区5 km
6号線三田線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は、戦後の東京の地下鉄計画から生まれた。当初は1957年に5号線の北側の支線として構想され、のちに独立した路線とされたうえで、1962年6月8日の都市交通審議会答申により「6号線」として答申され、東京都がその建設を担うこととなり、同年8月には都市計画が決定された。私鉄との相互直通の計画も立てられ、1964年には東武東上線と接続する構想もあったが、1965年に東急・東武が直通運転を行わない方針を決め、都営6号線は自己完結した路線として建設された。建設工事は1965年12月に始まった。

路線は段階的に開業した。最初の区間である巣鴨 - 志村間は10.4キロメートルで、1968年12月27日に開業し、当初は新形式の6000形の4両編成で運転された。志村駅は1969年8月に高島平駅と改称され、1970年7月には青のラインカラーが導入されて、6000形の帯色も赤から青へと変更された。1972年5月には6両編成での運転が始まり、その後路線は段階的に南へ延伸された。1972年6月30日に巣鴨 - 日比谷間の7.3キロメートルが、1973年11月27日にはさらに日比谷 - 三田間の3.3キロメートルが開業した。北側では、1976年5月6日に高島平 - 西高島平間の1.5キロメートルが開業した。1978年7月1日には路線名が都営三田線と改称された。

その後、目黒への延伸が計画される間、南側の終点は20年あまりにわたり三田にとどまった。1985年には運輸政策審議会が答申第7号で目黒延伸を確定し、都は1988年に並行する(当時の)帝都高速度交通営団との間で7号線に関する覚書を締結した。事業免許は1989年に交付され、三田 - 目黒間の建設工事は1992年に始まった。車両も並行して更新され、6300形が1993年6月23日に営業運転を開始し、当初の6000形は1999年11月28日に営業運転を終え、以後この路線は6300形のみで運転されることとなった。

延伸と相互直通への移行は、世紀の変わり目に向けて並行して準備された。1999年から2000年にかけて路線の各種設備が近代化され、保安装置はT形ATSから新たなCS-ATCに変更され、列車無線は誘導無線から空間波無線に切り替えられ、2000年4月には全線で自動列車運転装置(ATO)が導入された。正式名称は2000年4月20日に「都営三田線」から「三田線」へと簡略化された。2000年9月22日にはダイヤ改正によりワンマン運転が導入され、東急車の運用も始まった。

最後の区間である三田 - 目黒間の4.0キロメートルは2000年9月26日に開業して全線が完成し、同日、東急目黒線との相互直通運転が始まった。目黒からは三田線の列車が東急目黒線へ乗り入れ、東急などの列車が三田線へ乗り入れるようになり、かつて自己完結していた地下鉄は、東京南西部から神奈川にかけての広域の鉄道網へと結び付けられた。相互直通運転はその後、2008年に東急目黒線自体が日吉まで延伸されたことに伴い、区間が延長された。

近年の当線では、ホームの安全とより長い編成の導入に重点が置かれてきた。ホームの可動柵は1999年に高島平で試験設置され、同年から全線で設置が始まって2000年8月10日に全駅への設置が完了した。その後ホームドアは更新され、8両編成に対応するため、2022年5月11日に全24駅でのホームドア更新が完了した。新形式の6500形は2022年5月14日に営業運転を開始し、8両編成での運転が始まった。2023年3月18日には、東急新横浜線・相鉄新横浜線を経由する相鉄線方面への直通運転が始まり、相互直通運転の網がさらに広げられた。

年表

  • 19626月8日:都市交通審議会答申第6号で第6号線として答申。8月に都市計画が決定され、東京都が建設を担う。
  • 1965東急・東武が直通運転を行わない方針を決め、都営6号線は自己完結した路線として建設される。12月に建設工事開始。
  • 196812月27日:最初の区間である巣鴨~志村間(10.4 km)が開業。6000形4両編成で営業運転を開始。
  • 19698月1日:志村駅を高島平駅に改称。
  • 19707月:ラインカラー(青)を導入。6000形の帯色を赤から青へ変更。
  • 19725月14日:6両編成運行開始。6月30日:日比谷~巣鴨間(7.3 km)が開業。
  • 197311月27日:三田~日比谷間(3.3 km)が開業。
  • 19765月6日:高島平~西高島平間(1.5 km)が開業。
  • 19787月1日:都営三田線に改称。
  • 19857月11日:運輸政策審議会答申第7号で目黒延伸が確定。
  • 19936月23日:6300形電車が営業運転を開始。
  • 199911月28日:6000形が営業運転を終了。翌29日から6300形のみでの運転となる。
  • 20004月20日:正式名称を三田線に簡略化。4月:全線でATO自動運転開始。9月22日:ダイヤ改正でワンマン運転を導入、東急車の運用開始。
  • 20009月26日:最後の区間である三田~目黒間(4.0 km)が開業して全線が完成し、東急目黒線との相互直通運転を開始。
  • 20086月22日:東急目黒線の日吉延伸に伴い、直通運転の区間が延長される。
  • 20225月11日:8両編成対応のため全24駅でホームドア更新が完了。5月14日:6500形が運行を開始し、8両編成運転が始まる。
  • 20233月18日:東急新横浜線・相鉄新横浜線を経由する相鉄線方面への相互直通運転を開始。

出典