歴史
他の路線と同様に、この路線も、1912年に鹿児島へ電車の路面軌道をもたらした私設会社、鹿児島電気軌道を源流とし、その後1920年代に公営化された市電網に属している。しかし唐湊線そのものは、はるかに後年の追加路線である。戦前からの都心部の路線とは異なり、第二次世界大戦後、鹿児島が再建された駅周辺から市電網を外側へと広げるなかで、公営の事業者によって建設された。
路線は1950年代を通じて段階的に開業した。鹿児島市交通局はまず1950年10月1日に西鹿児島駅前 - 中洲通間を開業し、当線と市の主要駅との接続を確立した。続いて1952年6月1日に中洲通 - 唐湊間が延伸され、この唐湊こそが路線名の由来となった停留場である。
その後、建設は大学に向けて進められた。1957年3月29日には唐湊 - 大学通(現在の工学部前停留場)間が延伸され、同時に唐湊停留場が神田停留場へと改称された。そして1959年12月20日、工学部前 - 郡元間の最後の区間が開業して全通し、谷山線との接続点まで結ばれて、路線は現在の2.7キロメートルの長さとなった。
当線の停留場は、後年いくつかが、その付近の施設の変化を反映して改称された。専売公社前停留場は、日本のたばこ専売の民営化を受けて、1985年4月15日にたばこ産業前停留場となった。2000年代に九州新幹線が市の主要駅に新たな名称をもたらすと、西鹿児島駅前停留場は2004年3月13日に鹿児島中央駅前停留場へと改称された。さらに2015年5月1日には改称が行われ、たばこ産業前停留場が市立病院前停留場に、神田停留場が交通局の本局を示す神田(交通局前)停留場となった。
現在、唐湊線は鹿児島市電の2系統(鹿児島駅前 - 鹿児島中央駅前 - 郡元)を担い、およそ7.5分間隔で運行されている。市の新幹線の玄関口である鹿児島中央駅の駅前と、大学や病院のある地区とを結び、郡元で谷山線に合流するこの路線は、1世紀以上にわたって鹿児島を支えてきた市電網の重要な一部であり続けている。
年表
- 195010月1日:鹿児島市交通局が当線の最初の区間、西鹿児島駅前 - 中洲通間を開業する。
- 19526月1日:中洲通 - 唐湊間が延伸開業する。唐湊は路線名の由来となった停留場である。
- 19573月29日:唐湊 - 大学通(現・工学部前)間が延伸開業する。唐湊停留場が神田停留場へ改称される。
- 195912月20日:工学部前 - 郡元間が開業して全通し、谷山線と接続する。
- 19854月15日:専売公社前停留場がたばこ産業前停留場へ改称される。
- 20043月13日:西鹿児島駅前停留場が鹿児島中央駅前停留場へ改称される。
- 20155月1日:たばこ産業前停留場が市立病院前停留場に、神田停留場が神田(交通局前)停留場に改称される。
出典
事実確認日:2026年6月14日