歴史
富山軌道線は富山電気軌道により建設された。同社は1912年(明治45年・大正元年)末に軌道敷設特許を取得し、1913年(大正2年)5月30日に設立総会を開催した。営業は同年9月1日、地域で開かれた連合共進会への交通手段として開始され、その開業当日に本線(富山駅前 - 共進会場前)とともに当初の支線(富山駅前 - 総曲輪 - 西町)が開業した。支線は、こうして軌道線開業のまさに初日からその一部であった。
軌道線の経営は、初期の数十年に二度移った。経営不振に悩んだ富山電気軌道は、1920年(大正9年)7月1日に富山市へ譲渡され、「富山市営軌道」となった。民営となった現在まで残る「市電」という呼び名は、この市営時代に由来する。続いて1943年(昭和18年)1月1日、戦時下の陸上交通事業調整法に基づき、軌道線は富山地方鉄道に譲渡され、以後同社が運営を続けている。
支線の歩みは第二次世界大戦によって大きく変わった。1945年(昭和20年)8月2日、富山大空襲により軌道線は全線が休止に追い込まれた。復旧は段階的に進み、支線の越前町 - 西町間は1946年(昭和21年)5月15日に、富山駅前 - 旅篭町間は1949年(昭和24年)3月15日にそれぞれ営業を再開した。同年末には復旧した中心部の各線が環状の系統に結び付けられ、1949年(昭和24年)12月30日に環状運転が開始され、市の中心部を貫く支線はその環状系統の一部を成した。
1960年代の最盛期には、富山の市内電車は約11キロメートルの路線網を有していた。支線の中心部の停留場は古くからの市街地の地名を冠しており、要となる乗換停留場の総曲輪は、1952年(昭和27年)8月5日に丸の内へと改称され、現在もその名で呼ばれている。しかし戦後の高度成長は自動車の増加をもたらし、道路の混雑が路面電車の鈍足化を招くと、利用客数は次第に減少していった。
1970年代初頭の合理化により、支線は短縮された。1972年(昭和47年)9月に東部線の一部が廃止されたのに続き、1973年(昭和48年)3月31日には支線の西町 - 旅篭町 - 丸の内間が廃止され、これにより市中心部の環状運転系統も消滅した。残ったのは富山駅前 - 丸の内間の東側の区間であり、これが現在の支線にあたる、駅側で本線と接続し丸の内で集まる各線とを結ぶ延長1.0キロメートルの連絡線である。
この路線の近年の画期は、富山市の路面電車を生かしたまちづくりに連なるものである。2015年(平成27年)3月14日、北陸新幹線が高架化された富山駅に到達した際、富山駅路面電車南北接続事業の一部として整備された富山駅南北接続線と富山駅停留場が開業し、支線の東側の終点はそれまでの富山駅前から、新しい停留場との混同を避けるため電鉄富山駅・エスタ前へと改称された。2019年(平成31年)2月9日には軌道線各停留場へのナンバリングが導入され、2020年(令和2年)3月21日には富山駅を挟んで市内電車と富山港線との直通運転が開始され、長く計画されていた富山駅の南北接続が完成した。
年表
- 1912富山電気軌道が軌道敷設特許を取得(1912年11月4日特許取得)し、富山市内で軌道(路面電車)の建設に着手。
- 19139月1日:連合共進会に合わせて軌道線が開業。同日に本線(富山駅前 - 共進会場前)および当初の支線(富山駅前 - 総曲輪 - 西町)が開業。
- 19207月1日:経営不振により富山電気軌道が富山市に譲渡され、富山市営軌道となる。
- 19431月1日:陸上交通事業調整法に基づき、軌道線が富山地方鉄道に譲渡される(以後の運営者)。
- 19458月2日:富山大空襲による戦災で、支線を含む軌道線全線が休止となる。
- 19465月15日:支線の越前町 - 西町間が営業を再開する。
- 19493月15日:支線の富山駅前 - 旅篭町間が営業を再開。12月30日には環状運転が開始され、支線が市中心部の環状系統の一部を成す。
- 19528月5日:支線の総曲輪停留場が丸の内停留場に改称される(現在の名称)。
- 19729月21日:東部線の一部(中教院前 - 地鉄ビル前間)が廃止され、中心部環状系統消滅の前段となる。
- 19733月31日:支線の西町 - 旅篭町 - 丸の内間が廃止され、市中心部の環状運転系統が消滅。残った富山駅前 - 丸の内間1.0kmが現在の支線となる。
- 20153月14日:北陸新幹線の富山駅高架化に伴い、富山駅南北接続線および富山駅停留場が開業。支線の終点・富山駅前停留場が電鉄富山駅・エスタ前停留場に改称される。
- 20192月9日:軌道線各停留場にナンバリングが導入され、支線の停留場には(大学前方面の)オレンジ色でC14 - C18が付される。
- 20203月21日:富山駅を挟んで市内電車と富山港線との直通運転が開始され、長く計画されていた南北接続が完成する。
出典
事実確認日:2026年6月14日