歴史
この計画は、1965年頃に行われた東京の地下鉄10号線(現在の都営地下鉄新宿線)の千葉県内延長調査に端を発する。当初、地元は帝都高速度交通営団(営団)による延長建設・運営を主張していたが、最終的に第三セクター方式が選ばれ、1981年9月1日に東葉高速鉄道が設立されて、同社が当路線の建設と経営を行うことになった。同社の出資者は主に千葉県、船橋市・八千代市の両市、および営団(のちの東京メトロ)であった。運輸省は1981年5月29日に西船橋 - 東葉勝田台間の建設計画を認可し、本線部分は日本鉄道建設公団が民鉄線(P線)方式で建設して、完成後に施設を東葉高速鉄道へ譲り渡して営業する方式とされた。
建設は長期にわたり難航した。路線は市街地を貫いており、用地買収は大きく遅れた。関係地権者は約700名にのぼり、成田空港問題の影響で千葉県の収用委員会が機能せず土地収用が行えなかったため、ある地権者には300回もの用地交渉を重ねることもあった。用地交渉が完了したのは1994年6月末であった。さらに、手抜き工事によるトンネル陥没事故が工期の遅れと修繕費用を生み、バブル期の土地と資材の高騰も重なって、建設費は当初の見込みをはるかに上回ることになった。
困難が重なるなかで、開業は繰り返し延期された。第1期の西船橋 - 八千代(→八千代中央)間は当初1991年4月の開業予定だったが1993年4月に延期され、第2期の勝田台(→東葉勝田台)方面までを含む全線開業もまず1993年4月から1995年4月へ、さらに1995年2月22日に1996年4月へと延期された。駅名は1995年8月に決定し、1995年12月7日には最初の1000形電車が入線して、1996年初頭にかけて習熟運転が行われた。
西船橋 - 東葉勝田台間は1996年4月27日にようやく開業し、同日から営団地下鉄東西線との相互直通運転が始まった。この区間を貫く線路の建設は容易ではなく、16.2キロメートルのうち約5,875メートル(37%)が地下トンネル、9,456メートル(59%)が高架橋、774メートル(4%)が土工区間である。路線は日本鉄道建設公団が建設し、開業時には接続先の営団地下鉄東西線に合わせてWS-ATCを採用した。
これらに要した費用こそ、当路線の初期数十年を特徴づける事実であった。建設費は当初計画の2,091億円から、公団のP線工事区間で2,948億円に膨らみ、その借入金の利子を含めると25年間の返済総額は約4,960億円にのぼり、返済期間はのちに60年まで延長された。生じた債務の返済は長年にわたり営業収入では賄えず、同社は日本の第三セクター鉄道のなかでも最大級の債務超過を抱えた。これを返済するため、運賃は首都圏のなかでも比較的高額に設定された。東葉高速鉄道のこうした経験は、のちの各種助成制度の整備や、より成功したつくばエクスプレスの資金計画に影響を与えたとされている。
運行面では、当路線は東西線の支線という役割に落ち着いていった。1999年12月4日のダイヤ改正で速達型の「東葉快速」が新設されたが、通過駅の利用者増加を受けて段階的に縮小され、2014年3月15日のダイヤ改正で完全に廃止されて、以後はすべての列車が線内全駅に停車するようになった。同日には駅ナンバリング(記号TR)も導入された。2016年の改正でほぼすべての列車が東西線へ直通するようになり、2025年3月15日には保安装置が従来のWS-ATCから新CS-ATC(車内信号方式)へ更新された。また、東海神 - 飯山満間には仮称「海老川新駅」が建設中で、2029年3月末の開業が予定されている。
年表
- 19815月29日:運輸省が西船橋 - 東葉勝田台間の建設計画を認可。9月1日には建設・運営主体として第三セクターの東葉高速鉄道株式会社が設立される。
- 19859月20日:西船橋 - 東葉勝田台間の建設工事に着手。
- 19913月28日:第1期区間の西船橋 - 八千代(→八千代中央)間の開業を、1991年4月から1993年4月に延期。
- 19933月18日:第2期区間の八千代(→八千代中央) - 勝田台(→東葉勝田台)間を含む全線開業を、1993年4月から1995年4月に延期。
- 19952月22日:全線開業を1995年4月から1996年4月に再延期。8月に駅名が決定し、12月7日には最初の1000形電車が入線する。
- 19964月27日:西船橋 - 東葉勝田台間が開業。同日、営団地下鉄(帝都高速度交通営団)東西線との相互直通運転を開始。
- 1996開業時、全長16.2kmのうち約37%がトンネル、59%が高架橋、4%が土工区間。日本鉄道建設公団が建設し、接続する東西線に合わせてWS-ATCを採用。
- 1996建設費は当初計画の2,091億円から公団P線工事区間で2,948億円に膨張。利子を含めた25年間の返済総額は約4,960億円に達し、債務返済のため運賃は比較的高額に設定される。
- 199912月4日:ダイヤ改正により、速達型の「東葉快速」を運転開始。
- 200611月20日:平日朝ラッシュ時の西船橋・中野方面行き列車に女性専用車を導入。
- 20113月11日:東日本大震災により終日運休。その後の輪番停電で東葉快速は運休し、9月12日に運転を再開する。
- 20143月15日:東葉快速を廃止し、全列車が線内各駅に停車するようになる。同日、駅ナンバリング(記号TR)を導入。
- 20163月26日:ダイヤ改正により、ほぼ全列車を東京メトロ東西線へ直通化し、西船橋止まりの列車をほぼ取りやめる。
- 20253月15日:保安装置を従来のWS-ATCから新CS-ATC(車内信号方式)へ更新。
出典
事実確認日:2026年6月14日