JR線·約4分で読めます

津軽鉄道線

Tsugaru Railway Line

津軽鉄道線(つがるてつどうせん)は、青森県の津軽半島の付け根から中央部を南北に縦貫する全長20.7キロメートルの鉄道路線で、五所川原市の津軽五所川原駅から北津軽郡中泊町の津軽中里駅までを結ぶ。軌間1,067ミリメートルの狭軌で、全線単線かつ非電化であり、地元で「津鉄(つてつ)」の愛称で呼ばれる小規模な私鉄、津軽鉄道が運営する唯一の路線である。最高速度70km/h、駅数12のこのローカル線は、今日では冬の「ストーブ列車」、晩夏から初秋の「鈴虫列車」、夏の「風鈴列車」といった季節限定列車でよく知られ、それ自体が観光の目玉となっている。なお、現在JR東日本が運営する旧国鉄の津軽線とは別の路線である。

5 km
津軽鉄道線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この鉄道は、隣接する路線の国有化から直接生まれたものである。川部 - 五所川原間(現在のJR五能線の一部)を運営していた陸奥鉄道が国に買収されると、その株主たちは当初の出資額の倍の金額を受け取った。津軽地方における次なる鉄道事業を求めた彼らは、五所川原から北の中里へ至る路線を計画し、その建設・経営のために津軽鉄道を設立した。発起人たちは1927年6月28日に創立協議会を、7月4日に会社設立発起人会を開き、五所川原 - 中里間の鉄道敷設免許が1928年2月13日に交付され、同年2月24日に資本金100万円で会社が設立された。

工事は1928年11月10日に着工され、路線は1930年に三段階に分けて開業した。最初の区間である五所川原駅(現在の津軽五所川原駅) - 金木駅間(12.8km)は1930年7月15日に開業し、一番列車は五所川原駅を午前6時18分に発車して金木駅へ向かう第101列車で、開業時のダイヤは午前3往復・午後4往復の計7往復であった。1930年10月4日には金木駅 - 大沢内駅間(4.9km)が、同年11月13日には大沢内駅 - 津軽中里駅間(3.0km)が開業して全線20.7kmが開通し、同日に金木 - 中里間で貨物運輸も始まった。全線開通を記念する式典は1931年7月5日に挙行された。

若い会社は昭和金融恐慌の余波の中で経営に苦しんだ。増収のため乗合自動車業に進出し、1934年に金木自動車合資会社の金木 - 中里間の路線を買収したのを皮切りに近隣のバス会社を次々と買収していき、戦時期にはバス運賃が収入の大きな割合を占めた。このバス事業は最終的に1955年3月に弘南バスへ譲渡された。鉄道そのものでは、1932年4月24日に蒸気に加えてガソリン動力が、1933年4月14日には重油動力が併用されるようになり、1956年7月10日には起点の五所川原駅が、隣接する同名の国鉄駅と区別するため津軽五所川原駅に改称された。

戦後の数十年間、この路線は五所川原や金木町、津軽半島中央部の集落を結ぶローカルな端末路線としての役割に落ち着いた。旅客輸送は1970年代半ばに最盛期を迎えたが、沿線人口の減少と自動車の普及に伴ってその後は減少を続けた。1930年の開業以来運ばれてきた貨物は、1984年2月1日に全廃された。経費圧縮のため、1992年4月1日には一部列車でワンマン運転が始まり、2004年11月の冬ダイヤ改正では列車本数が大幅に削減され、信号方式も簡素化されて、津軽五所川原 - 金木間が1閉塞とされ、金木 - 津軽中里間はスタフ閉塞化された。

この路線に全国的な知名度を与えたのは、通勤・通学輸送ではなくその季節列車である。冬季の12月1日から3月31日にかけては「ストーブ列車」が運行され、石炭焚きのダルマストーブで暖められた在来型の客車で編成される。暖房付きの車両に乗車するには別途「ストーブ列車料金」が必要で、この料金は運行経費の高騰に対応するため2007年12月1日に300円で新設され、2014年12月1日に400円、2020年12月1日に500円へと改定された。夏季の7月1日から8月31日には、地元で作られた風鈴と俳句の短冊が車内に吊るされて「風鈴列車」として、9月1日から10月中旬には鳴く鈴虫の入った虫かごが車内に置かれて「鈴虫列車」として運行される。沿線の金木で生まれた作家・太宰治の作品にちなんで「走れメロス」と名づけられた日常の気動車も、この路線の強い文学的・観光的な結びつきを物語っている。

津軽鉄道線は、その種の路線として珍しい生き残りである。2001年4月の下北交通大畑線の廃止後は青森県で唯一残る非電化の私鉄路線となり、また旧国鉄・JRからの転換路線を除けば東北地方で唯一のそうした路線となった。2019年時点では、日本で唯一、腕木式信号機を営業列車で現役使用している鉄道でもあり、津軽五所川原駅と金木駅に設置されている(ただし場内信号機のみ)。運転士の不足に直面した同社は、2025年6月1日に通学時間帯の列車を残しつつ上り2本・下り3本を減便するダイヤ改正を実施しており、この小さく愛される路線が抱え続ける経営上の重圧を浮き彫りにしている。

年表

  • 19276月28日:津軽鉄道の創立協議会が開かれ、7月4日に会社設立発起人会が開催される。
  • 19282月13日:五所川原 - 中里間の鉄道敷設免許が交付される。2月24日:資本金100万円で津軽鉄道株式会社が設立。11月10日:工事着工。
  • 19307月15日:最初の区間、五所川原(現・津軽五所川原) - 金木間(12.8km)が開業。一番列車は午前6時18分発の第101列車で、1日7往復の運行であった。
  • 193010月4日:金木 - 大沢内間(4.9km)が開業。
  • 193011月13日:大沢内 - 津軽中里間(3.0km)が開業し、全線20.7kmが開通。同日に金木 - 中里間で貨物運輸を開始。
  • 19317月5日:全線開通記念式典が挙行される。
  • 19324月24日:蒸気に加えてガソリン動力が併用されるようになる。
  • 19334月14日:重油動力が併用されるようになる。
  • 1934金木自動車合資会社保有の金木 - 中里間の路線を買収し、乗合自動車業に進出する。
  • 19553月28日:バス事業を弘南バスに譲渡する。
  • 19567月10日:起点の五所川原駅が津軽五所川原駅に改称される。
  • 19842月1日:貨物営業が廃止される。
  • 19924月1日:一部列車でワンマン運転が開始される。
  • 200411月10日:冬ダイヤ改正で列車本数を大幅に減便し、信号方式を簡素化。津軽五所川原 - 金木間を1閉塞とし、金木 - 津軽中里間をスタフ閉塞化する。
  • 200712月1日:ストーブ列車の維持を目的として、ストーブ列車料金(300円)が新設される。
  • 201412月1日:ストーブ列車料金が400円に改定される。
  • 202012月1日:ストーブ列車料金が500円に改定される。
  • 20256月1日:乗務員(機関士)の退職に伴い、通学時間帯の列車を残しつつ上り2本・下り3本を減便するダイヤ改正を実施する。

出典