歴史
日本の幹線の多くとは異なり、津山線は国の事業として始まったわけではない。この路線は、1896年4月30日に私設鉄道法に基づいて設立された私鉄、中国鉄道によって建設された。同社は岡山から津山・勝山を経て根雨・米子に至る内陸への本線を目指したが、実際に開業したのは岡山 - 津山間のみであった。残る区間の免許は失効し、それらの経路はのちに国によって姫新線および伯備線として建設された。
中国鉄道は1898年12月21日に本線を開業し、岡山市駅から津山駅までの34マイル76チェーン(およそ56.25キロメートル)を結んだ。当初この路線は官設の岡山駅には乗り入れておらず、その区間は1904年11月15日に岡山 - 岡山市間が開業して埋められ、中国鉄道の列車が国鉄岡山駅へ乗り入れるようになって、現在の南側の起点となった。
路線の北端は、内陸の鉄道網の発展によって姿を変えた。1923年8月1日には当初の津山駅が津山口駅に改称され、1924年からは短い津山口 - 津山間が作備線(現在の姫新線の前身)に編入されて、現在の津山駅が路線の終点となった。1900年代から1930年代にかけては沿線に多くの中間駅や停留場が追加され、1930年には路線の営業キロがマイルからキロメートルへと改められた。
中国鉄道は半世紀近くにわたって民営のままであった。太平洋戦争のさなかの1944年6月1日、同社の鉄道部門が国有化され、この路線は鉄道省(のちの日本国有鉄道、国鉄)の津山線となった。国鉄のもとで路線は着実に近代化され、最初の優等列車として準急「ひるぜん」が1960年12月に運転を開始し、1962年には準急「砂丘」が加わり、1982年8月31日には全線で列車集中制御装置(CTC)が導入された。
1987年4月1日の国鉄の分割民営化により、津山線は新たに発足した西日本旅客鉄道へと引き継がれ、同線の貨物営業は廃止された。JR西日本はさらなる近代化を進め、1990年6月1日にワンマン運転を開始し、1996年12月1日には全線でのスピードアップ工事を完成させ、1997年11月29日には急行「砂丘」を廃止して、新たに急行「つやま」と快速「ことぶき」を運転するようになった。
21世紀に入ると、この路線は度重なる自然災害による運休に見舞われながらも近代化を続けてきた。落石による脱線事故で、玉柏 - 牧山間が2005年2月と2006年11月に相次いで不通となり、いずれも対策の後に再開され、2018年7月には豪雨により全線が数週間にわたって運休した。急行「つやま」は2009年に廃止され、「ことぶき」が同線の速達列車として残った。ICカード(ICOCA)は2007年に同線へ導入され、2024年には津山まで利用範囲が拡大された。また、内陸の沿線へ観光客を呼び込むため、2016年からは「ノスタルジー」、2022年からは「SAKU美SAKU楽」といった観光列車が導入されている。
年表
- 18964月30日:私鉄である中国鉄道が私設鉄道法に基づいて設立される。
- 189812月21日:中国鉄道本線として岡山市駅 - 津山駅間(34マイル76チェーン≒56.25km)が開業。
- 19004月14日:建部駅が開業。
- 190411月15日:岡山駅 - 岡山市駅間が延伸開業し、国鉄岡山駅に乗り入れ。現在の南側の起点となる。
- 19238月1日:津山駅が津山口駅に改称。
- 19245月1日:津山口駅 - 津山駅間が作備線(のちの姫新線)の本線に編入され、現在の津山駅が終点となる。
- 19304月1日:路線の営業キロがマイルからキロメートルに改められる。
- 19446月1日:中国鉄道の鉄道部門が国有化され、津山線となる。
- 195610月1日:小原駅が開業。
- 196012月20日:津山線初の優等列車として準急「ひるぜん」が運転を開始。
- 19629月1日:準急「砂丘」が運転を開始(1966年に急行へ格上げ)。
- 19828月31日:全線で列車集中制御装置(CTC)が導入される。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)へ承継され、貨物営業を廃止。
- 19906月1日:同線でワンマン運転を開始。
- 199612月1日:全線でのスピードアップ工事が完成。
- 199711月29日:急行「砂丘」を廃止し、急行「つやま」と快速「ことぶき」の運転を開始。
- 20093月13日:急行「つやま」が廃止され、快速「ことぶき」が同線の速達列車として残る。
- 20187月6日:豪雨により全線が運休。7月17日に一部再開、8月5日に全線で運転再開。
- 20249月21日:ICOCAの利用範囲が津山駅まで拡大される。
出典
事実確認日:2026年6月14日