歴史
この路線は私鉄として始まった。1914年(大正3年)1月9日、宇部軽便鉄道により、石炭採掘と工業の町である宇部の中心部で、最初の区間にあたる宇部 - 宇部新川間が開業した。同社は1921年(大正10年)12月20日に宇部鉄道へと社名を変更した。その後、路線は北東へと段階的に延伸され、1923年(大正12年)8月1日に床波まで、1924年(大正13年)8月17日に本阿知須(現在の阿知須)まで、そして1925年(大正14年)3月26日に小郡(現在の新山口)まで延びて、宇部 - 小郡間の全線が開通した。
宇部鉄道は1929年(昭和4年)10月29日に自社線を直流1,500ボルトで電化し、宇部 - 小郡間はこの地方で最も早い電気鉄道の一つとなった。一方、もう一つの会社である宇部電気鉄道(沖ノ山炭鉱、のちの宇部興産の子会社)も1929年から宇部周辺に独自の電化路線を開業させ、その中には居能を通って炭鉱へ向かう路線も含まれていた。両社はそれぞれ別の、連絡の悪いターミナルを持ったまま並立していたが、1941年(昭和16年)12月1日に合併し、旧会社は解散して両社を引き継ぐ新たな宇部鉄道が設立された。
戦時下で石炭などの重要物資の輸送が不可欠となる中、宇部鉄道は1943年(昭和18年)5月1日、私鉄の戦時買収によって国有化された。宇部 - 宇部新川 - 小郡間は宇部東線となり、港周辺の旧宇部電気鉄道の路線は宇部西線となった。国有化に際して駅は改称・整理され、紛らわしい入れ替えが行われた。すなわち、当線の宇部新川駅が「宇部駅」を名乗り、山陽本線の宇部駅は西宇部駅と改称された。この状態は1964年まで続いた。
1943年に統合された3つの小私鉄はそれぞれ独自に建設されていたため、新たに一括して引き継いだ国鉄は線路や設備が連絡を欠いていることに直面し、戦後その整理に着手した。1948年(昭和23年)2月1日、宇部東線は宇部線に、宇部西線は小野田線に改称された。3か年の緊急整備計画の一環として連絡線が新設され、1952年(昭和27年)4月20日には岩鼻 - 宇部新川間が、従来の藤曲経由の経路から居能経由の電化新線に付け替えられ、旧来の3.3キロメートルの区間は廃止された。炭鉱や港に通じる各貨物支線も次第に縮小され、残る支線の旅客営業も1961年(昭和36年)に廃止された。
日本国有鉄道(国鉄)の時代を通じて、宇部線は普通旅客列車のほか、宇部興産向けの石灰石や石炭の貨物列車を山陽本線・美祢線・宇部線の間で多数運んでおり、1983年(昭和58年)3月8日には列車集中制御装置(CTC)が導入された。1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化により、新山口 - 宇部間はJR西日本に承継されて同社広島支社の管轄となり、港の支線および宇部岬 - 宇部間の貨物営業は日本貨物鉄道(JR貨物)が引き継いだ。
JR西日本のもとで、当線は段階的に運転士のみのワンマン運転へと切り替えられた。1990年(平成2年)6月1日の宇部新川 - 居能間を皮切りに、1992年(平成4年)3月14日には全線に拡大され、105系および123系電車が用いられた。当線の主力であった石灰石貨物は、宇部興産専用道路の供用開始に伴い1998年(平成10年)に全廃され、最後の貨物列車は1999年(平成11年)に運転を終え、以後、港の支線は使われなくなった(正式な廃止は2006年)。小郡駅は山陽新幹線の玄関口としての役割を示すため、2003年(平成15年)10月1日に新山口駅へと改称された。2023年(令和5年)3月18日からは、当線の全列車がワンマン運転となっている。現在、宇部線は地域の通勤路線であり、使用される105系・123系電車は下関総合車両所に所属している。
年表
- 19141月9日:宇部軽便鉄道により、最初の区間である宇部 - 宇部新川間が開業。
- 192112月20日:社名を宇部鉄道に変更。
- 19238月1日:宇部新川 - 床波間が延伸開業。
- 19248月17日:床波 - 本阿知須(現在の阿知須)間が延伸開業。
- 19253月26日:本阿知須 - 小郡(現在の新山口)間が延伸開業し、宇部 - 小郡間が全通。
- 192910月29日:宇部 - 小郡間が直流1,500Vで電化。同年、宇部電気鉄道も宇部周辺に自社の電化路線を開業。
- 194112月1日:宇部鉄道と宇部電気鉄道が合併。旧会社は解散し、新たに宇部鉄道が設立される。
- 19435月1日:宇部鉄道が戦時買収により国有化。宇部 - 宇部新川 - 小郡間が宇部東線、旧宇部電気鉄道の路線が宇部西線となる。
- 19482月1日:宇部東線が宇部線に、宇部西線が小野田線に改称。
- 19524月20日:岩鼻 - 宇部新川間が藤曲経由から居能経由の電化新線に付け替えられ、旧来の3.3kmの区間が廃止。
- 1961鉱山や港に通じる残りの貨物・旅客支線が廃止。
- 19649月15日:宇部駅(旧・宇部新川)が宇部新川駅に改称。10月1日には山陽本線の西宇部駅が宇部駅に改称され、戦時中の駅名の入れ替えが解消。
- 19833月8日:列車集中制御装置(CTC)が導入。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により、新山口 - 宇部間がJR西日本(広島支社)に承継され、港の支線および宇部岬 - 宇部間の貨物営業はJR貨物が引き継ぐ。
- 19906月1日:宇部新川 - 居能間でワンマン運転を開始(105系・123系電車を使用)。
- 19923月14日:全線でワンマン運転を開始。
- 19984月1日:美祢 - 宇部港間の宇部興産向け石灰石貨物列車が廃止され、当線の主力貨物輸送が終了。
- 19997月1日:最後の貨物列車が運転を終え、居能 - 宇部港間の貨物支線が事実上休止(正式廃止は2006年)。
- 200310月1日:小郡駅が新山口駅に改称。
- 20233月18日:全列車がワンマン運転となる。
出典
事実確認日:2026年6月14日