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宇野線

Uno Line

宇野線(うのせん)は、西日本旅客鉄道(JR西日本)が所有・運営する営業キロ32.8キロメートルの鉄道路線で、岡山県の岡山駅を起点に、茶屋町を経て玉野市の宇野駅へと南下する。全線が岡山県内にあり、軌間1,067ミリメートルの狭軌で全線が直流1,500ボルトで電化されており、駅数は15、北側の一部区間は複線である。2016年以降は全線に「宇野みなと線」の愛称が付けられている。書類上は一本の路線だが、その役割は大きく二つに分かれる。岡山 - 茶屋町間は四国へ渡る瀬戸大橋へのアプローチ線として機能し、茶屋町 - 宇野間は宇野港へ至る本来の支線である。

岡山南区5 km
宇野線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

全線は1910年6月12日に一挙に開業し、瀬戸内海に面した宇野港へ達するため官設鉄道として建設された。同日、海峡を渡る宇高連絡船の運航も始まり、宇野と四国の高松とが結ばれた。二十世紀の大半を通じて、宇野線は主にこの連絡船に接続するために存在していた。すなわち本州と四国を結ぶ鉄道・航路の主要ルートであり、宇野はその本州側の玄関口であった。当初の距離はマイルで測られており、開業時の20.4マイルは、1930年に約32.9キロメートルのメートル表記に改められた。

沿線の駅は、初期の数十年間に幾度も改められた。いくつかの開業時の駅は改称され、鹿田は1925年に岡山 - 妹尾間の経路変更と移転に伴って大元となり、味野は1914年に彦崎、由加は1952年に迫川となった。1939年1月1日には5つの新駅が開業したが、1940年11月に戦時下の整理で営業を休止し、1950年11月15日に営業を再開した。久々原駅は1952年に追加された。

戦後の数十年間に、路線は近代化された。1960年6月の開業五十周年記念式典と、同年9月のディーゼル車の「さよなら運転」を経て、1960年10月1日に全線が電化され、電車運転が始まった。1961年には単線自動閉塞化が行われ、1963年には全線にATS-Sが導入され、1970年には列車集中制御装置(CTC)が導入された。1972年3月に山陽新幹線が岡山まで延伸されると、当線を走っていた昼行の優等列車は全廃され、代わって快速列車が運行を始めた。

1987年4月1日の日本国有鉄道の分割民営化により、宇野線はJR西日本に承継され、日本貨物鉄道が全線の第二種鉄道事業者となった。同じ春の1987年3月28日には、新型の213系電車を用いた快速「備讃ライナー」が運転を開始した。しかしこの体制は長くは続かなかった。四国への一大固定連絡路がまさに開通しようとしていたからである。

決定的な転機は1988年4月10日に訪れた。瀬戸大橋が開通し、これに接続する本四備讃線が開業して、ついに本州から四国へ鉄道で直接列車が渡れるようになったのである。橋を渡る快速「マリンライナー」の運転が始まり、その前日限りで快速「備讃ライナー」、長年続いた宇高連絡船、およびそのホバークラフトはいずれも廃止された。宇高航路ではJRの高速艇のみがしばらく存続したが、これも1990年に運航を休止し、翌年廃止された。こうして、四国連絡船の玄関口という宇野線の一世紀にわたる役割は終わりを告げた。岡山 - 茶屋町間は橋ルートのアプローチ線としての役割に組み込まれて引き続き多く利用され、茶屋町 - 宇野間は玉野市を結ぶより地域的な路線となった。

その後の数十年間に、路線は着実に改良されていった。2001年末までに大元駅付近が高架化され、2001年には茶屋町 - 宇野間でワンマン運転が始まり、2009年初頭までに備中箕島 - 茶屋町間の約3.3キロメートルが複線化され、2009年3月にはこの新たな輸送力を反映したダイヤ改正が行われた。ICOCAの利用は2007年に岡山 - 茶屋町間で始まり、2019年に残りの区間へ拡大されて全線対応となった。2016年3月26日からは、ラインカラー・路線記号と「宇野みなと線」の愛称が使われるようになり、駅ナンバリングは2020年から順次導入された。岡山 - 茶屋町間の普通列車では2025年3月にワンマン運転が始まった。

年表

  • 19106月12日:宇野線 岡山駅 - 宇野駅間が全線開業(20.4マイル≒32.83km)。同時に高松への宇高連絡船の運航を開始。
  • 19147月1日:味野駅が彦崎駅に改称。
  • 19253月6日:岡山駅 - 妹尾駅間の経路変更。鹿田駅が移転し大元駅に改称。
  • 19304月1日:営業距離の表記をマイルからメートルに変更(20.4M→32.9km)。
  • 19391月1日:備前西市駅、備中箕島駅、備前片岡駅、常山駅、備前田井駅が開業(1940年11月1日に戦時下で営業休止、1950年11月15日に営業再開)。
  • 19523月20日:久々原駅が開業。11月15日:由加駅が迫川駅に改称。
  • 196010月1日:全線電化、電車運転開始。6月に開業五十周年記念式典、9月30日にディーゼル車の「さよなら運転」を実施。
  • 19639月1日:全線にATS-Sを導入(1961年に単線自動閉塞化)。
  • 19704月5日:列車集中制御装置(CTC)を導入。
  • 19723月15日:山陽新幹線岡山延伸に伴い昼行優等列車を全廃。快速列車の運行を開始。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化。西日本旅客鉄道が承継し、日本貨物鉄道が全線の第二種鉄道事業者となる。3月28日には213系を用いた快速「備讃ライナー」が運転を開始。
  • 19884月10日:瀬戸大橋が開通し本四備讃線が開業。快速「マリンライナー」運転開始。前日限りで快速「備讃ライナー」、宇高連絡船、ホバークラフトを廃止。四国連絡船の玄関口としての役割が終わる。
  • 20091月25日:備中箕島駅 - 茶屋町駅間約3.3kmを複線化。3月14日に複線化を反映したダイヤ改正を実施。
  • 20163月26日:ラインカラー、路線記号、愛称「宇野みなと線」の使用を開始。
  • 20193月16日:茶屋町駅 - 宇野駅間がICOCA利用エリアとなり全線対応(岡山駅 - 茶屋町駅間は2007年に対応済み)。
  • 20253月15日:岡山駅 - 茶屋町駅間の普通列車でワンマン運転を開始。

出典