JR線·約4分で読めます

内部線

Utsube Line

内部線(うつべせん)は、正式には四日市あすなろう鉄道内部線といい、三重県四日市市のあすなろう四日市駅から内部駅までを結ぶ、四日市あすなろう鉄道が運営する営業キロ5.7キロメートルの鉄道路線である。全線が単線で電化されており、途中8駅を通る。日本の大半の路線が用いる1,067ミリメートルよりはるかに狭い762ミリメートルの軌間、いわゆる「特殊狭軌」で敷設されている点が特徴で、架空電車線方式の直流750ボルトで電化されている。日永駅では一駅だけの八王子線と接続し、八王子線の列車は内部線を経由してあすなろう四日市駅まで直通するため、両線は内部・八王子線と総称されることもある。762ミリメートル軌間の鉄道は、現在では日本に4路線しか残っていない。

四日市市2 km
内部線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は三重軌道によって計画・建設された。当時、こうした地方の路線では762ミリメートル軌間が比較的一般的だったため、同社は軌道としてこの軌間で敷設した。最初の区間である南浜田駅(現在は廃止)から日永駅までが1912年(大正元年)10月6日に開業した。その後3年間で路線は四日市の中心部へと延伸され、1913年(大正2年)5月16日に諏訪前駅 - 南浜田駅間が、1915年(大正4年)12月25日に鉄道院関西本線の四日市駅側に当たる四日市市駅から諏訪前駅までの区間が開業し、市内に起点を持つこととなった。

1916年(大正5年)には事業が再編された。三重鉄道(さんてつ)が同年7月19日に設立され、同年12月1日に軌道条例に基づく三重軌道の路線を廃止して、四日市市駅 - 日永駅間を軽便鉄道法に基づく軽便鉄道として開業し直した。初期には蒸気機関車が運行された。三重鉄道はその後、鈴鹿方面を目指して日永駅から南へ分岐する支線を建設し、1922年(大正11年)1月10日に日永駅 - 小古曽駅間が、同年6月21日に小古曽駅 - 内部駅間が開業した。内部駅から先の延伸は実現しなかった。測量では伊船まで目指していたが用地買収が進まず、期限延期の申請を繰り返した末に、延伸のための鉄道敷設免許は1925年(大正14年)6月に失効した。

1928年(昭和3年)には路線の北端が縮小された。現在の近鉄名古屋線の前身である伊勢電気鉄道が桑名方面へ延伸するのに伴い、四日市市駅 - 諏訪間が廃止され、その路線敷が伊勢電気鉄道へ譲渡された。日本側の資料ではこの廃止は1928年1月29日とされている。この頃には蒸気運転に代わってガソリン動車が導入されていた。全線は1943年(昭和18年)12月25日に直流600ボルトで電化された。

戦時統合は運営主体を大きく変えた。1944年(昭和19年)2月11日に三重鉄道はほか6社と合併して三重交通(さんこう)が発足し、同年3月1日にこの路線に「内部線」の名称が定められた。一時期は、現在の八王子線・湯の山線(いずれも当時は762ミリメートル軌間)と合わせて「三重線」と総称され、湯の山と近畿日本四日市、内部の間を列車が通し運転していた。

1956年(昭和31年)には三重交通が四日市側の経路を変更した。近鉄が、四日市周辺で急曲線の多かった名古屋線を直線化するとともに、諏訪駅を約1キロメートル西方へ移転拡張して近畿日本四日市駅とする工事を進めており、これに歩調を合わせて、同年9月23日に諏訪 - 赤堀間が廃止され、近畿日本四日市駅(現在のあすなろう四日市駅) - 赤堀間の新線が開業して、路線の起点が移された。架線電圧はその後、1959年(昭和34年)に直流600ボルトから750ボルトへ昇圧された。

運営主体はさらに二度変わった。1964年(昭和39年)2月1日に三重交通が鉄道事業を三重電気鉄道(さんでん)として分離し、同年3月1日には湯の山線の改軌に伴って同線との直通運転が終了した。三重電気鉄道は短命で、1965年(昭和40年)4月1日に近畿日本鉄道(近鉄)に吸収合併され、路線は近鉄内部線となった。近鉄のもとで近代化が進み、1989年(平成元年)3月17日に全線で自動閉塞化と自動列車停止装置(ATS)が導入され、同年6月1日にはワンマン運転が開始された。

2010年代に入ると路線の存廃が問われた。2012年、近鉄は内部線・八王子線の多額の損失を理由に、鉄路を廃止して跡地をバス専用道路(BRT)に転換することを提案したが、四日市市は鉄道による存続を望んだ。2013年9月、近鉄と市は公有民営方式で両線を存続させることで合意し、2014年(平成26年)3月27日に四日市あすなろう鉄道が設立された。2015年(平成27年)4月1日から新会社が運営を引き継ぎ、四日市市が第三種鉄道事業者として線路や車両を保有し、四日市あすなろう鉄道が第二種鉄道事業者として列車を運行している。2021年(令和3年)8月21日には、全線でICOCAをはじめとする交通系ICカードが利用できるようになった。

年表

  • 191112月28日:路線を建設する三重軌道が設立される。
  • 191210月6日:最初の区間である南浜田駅(現在は廃止) - 日永駅間が762mm軌間の軌道として開業。
  • 19135月16日:諏訪前駅 - 南浜田駅間が開業。
  • 191512月25日:四日市市駅 - 諏訪前駅間が開業し、市内に起点を得る。
  • 19167月19日:三重鉄道が設立。12月1日に軌道条例による路線を廃止し、四日市市駅 - 日永駅間を軽便鉄道として開業し直す。
  • 19221月10日:日永駅 - 小古曽駅間が開業(鈴鹿支線)。6月21日:小古曽駅 - 内部駅間が開業し、内部駅が終点となる。
  • 19256月:内部駅以遠(伊船方面)への延伸用地の買収が進まず、延伸のための鉄道敷設免許が失効する。
  • 19281月29日:伊勢電気鉄道の桑名延伸に伴い、四日市市駅 - 諏訪間が廃止され、路線敷が同社へ譲渡される。
  • 194312月25日:全線が直流600Vで電化される。
  • 19442月11日:三重鉄道ほか6社が合併し三重交通が発足。3月1日:「内部線」の路線名称が制定される。
  • 19569月23日:近鉄が諏訪駅を西方へ移転して近畿日本四日市駅とするのに伴い、諏訪 - 赤堀間が廃止され、近畿日本四日市駅 - 赤堀間の新線が開業して起点が移る。
  • 1959架線電圧が直流600Vから750Vに昇圧される。
  • 19642月1日:三重交通が鉄道事業を三重電気鉄道として分離。3月1日:湯の山線の改軌に伴い同線との直通運転が終了。
  • 19654月1日:三重電気鉄道が近畿日本鉄道(近鉄)に吸収合併され、近鉄内部線となる。
  • 19893月17日:全線で自動閉塞化と自動列車停止装置(ATS)が導入される。6月1日:ワンマン運転を開始。
  • 20143月27日:2013年の近鉄と四日市市の公有民営方式での存続合意を受け、四日市あすなろう鉄道が設立される。
  • 20154月1日:四日市あすなろう鉄道が運営を開始。四日市市が施設・車両を保有する第三種鉄道事業者、同社が列車を運行する第二種鉄道事業者となる。
  • 20218月21日:全線でICOCAなど交通系ICカードの全国相互利用サービスに対応する。

出典