歴史
この路線は、はるかに大きな構想である「横浜環状鉄道」の最初に完成した区間で、市の郊外を環状に結び、外周部の各区を既存の鉄道網につなぐことを狙ったものである。その計画の源は1985年7月11日にさかのぼり、運輸政策審議会答申第7号で、横浜4号線が日吉から高田町・港北ニュータウンを経て横浜線方面へ向かう路線として答申された。この路線は、古いブルーラインが直接は結んでいなかった市内有数の二つの鉄道拠点、すなわち北東部の東急の主要乗換駅である日吉と、西部のJR横浜線の中山とを結びつつ、その間で急速に開発が進む港北ニュータウン地区を切り開くことを意図していた。
正式な認可は1990年代後半に続いた。交通局は1997年3月31日に高速鉄道4号線日吉 - 中山間の第一種鉄道事業免許を申請し、同年5月23日に免許を取得した。建設は、市が最初の地下鉄で用いた着実な積み上げ方式に倣って進められることとなり、2001年1月30日には、新線が交差する既設ブルーラインのセンター南駅で4号線の工事起工式が開催された。丘陵地を上り下りする経路を、小型のリニアモーター地下鉄として建設することで、トンネルの工費と断面を抑えることができた。
路線の呼称は、まだ建設中のうちに定められた。2006年6月15日、交通局は4号線の路線名称を「グリーンライン」と決定し、同じ日に既設の1号線・3号線を合わせた名称を「ブルーライン」とした。この組み合わせは意図的なもので、新線が開業すれば市には色名を冠した二つの地下鉄を区別する必要が生じることになり、既設の地下鉄はグリーンラインが営業運転を始めるまさにその日に正式に「ブルーライン」の名称を採用した。
グリーンラインは2008年3月30日に開業し、中山 - 日吉間13.0キロメートルを全線にわたって走り、当初から10の駅を擁した。同世代では日本で最も新しい鉄輪式リニアモーター地下鉄となり、それまで欠けていた港北ニュータウンの速達的な横断連絡を実現して、両端で日吉の東急東横線・目黒線、中山のJR横浜線と接続し、センター北・センター南でブルーラインと交差する。経路の大半はトンネル内であるが、センター北 - センター南間の約2.4キロメートルは高架橋で地上を走り、川和町駅・都筑ふれあいの丘駅付近でも再び地上に出る。
運行は開業当初から、交通局が専用に新造したリニアモーター電車である10000形が担っている。2008年の開業に向けて4両編成15本・60両が投入され、利用の増加に伴い2014年にはさらに4両編成2本・8両が増備された。輸送力をさらに高めるため、交通局は2022年3月24日に6両編成での運行を開始し、編成のうち10本を段階的に4両から6両へ増結する計画を進めている。
建設されたグリーンラインは横浜環状鉄道計画の端緒にすぎず、市は両端での延伸を引き続き検討している。日吉からは鶴見方面へ、中山からは二俣川・鶴ヶ峰・東戸塚・上大岡・根岸を経て南東へ延び、みなとみらい線の元町・中華街に達して環をつなぐ構想がある。交通局はこれらの延伸を差し迫った事業ではなく長期的に取り組む路線と位置づけており、当面、グリーンラインは2008年に開業した中山 - 日吉間の一区間のままである。
年表
- 19857月11日:運輸政策審議会答申第7号で、横浜4号線が日吉から高田町・港北ニュータウンを経て横浜線方面へ向かう路線として答申される。
- 19973月31日:高速鉄道4号線日吉 - 中山間の第一種鉄道事業免許を申請。5月23日に免許を取得。
- 20011月30日:ブルーラインのセンター南駅で高速鉄道4号線の工事起工式を開催し、建設が始まる。
- 20066月15日:交通局が4号線の路線名称を「グリーンライン」と決定(同日、1号線・3号線を「ブルーライン」と決定)。
- 20083月30日:グリーンラインの中山 - 日吉間13.0km・10駅が開業。同日、ブルーラインの名称も正式に使用開始。
- 2008開業に合わせ、専用新造のリニアモーター電車10000形で営業運転を開始。開業時に4両編成15本・60両が投入された。
- 2014利用増に伴い、10000形が4両編成2本・8両増備される。
- 20223月24日:6両編成での運行を開始。10編成を順次4両から6両へ増結する計画による。
出典
事実確認日:2026年6月14日