歴史
この路線は旧鉄道敷設法に規定された北越線と奥羽線の連絡線として、新潟県の新発田と山形県の米沢を結ぶものとして構想され、両端から10年あまりをかけて建設された。1926年9月28日、山形県側の米沢 - 今泉間(23.0キロメートル)が米坂線として開業し、南米沢・西米沢・中郡・羽前小松・犬川の各駅が新設された。1931年8月10日には今泉 - 手ノ子間(11.7キロメートル)が延伸されて線名が米坂東線に改められ、同じ日に新潟県側も坂町 - 越後下関間(11.0キロメートル)が米坂西線として独立に開業した。その後、両線は互いに向かって延伸を続け、東側は1933年に羽前沼沢、1935年に小国へ、西側は1933年に越後金丸へと達した。
両線は1936年8月31日、県境を越える最後の小国 - 越後金丸間(9.5キロメートル)が開業して結ばれ、米沢 - 坂町間(90.7キロメートル)が全通し、両線は米坂線として再び統合され、玉川口駅が新設された。以後数十年にわたり、当線は日本海側と内陸の東北とを、主に新潟と山形・仙台方面の間で結ぶ重要な旅客・貨物輸送の連絡線としての役割を担った。1960年11月1日からは準急「あさひ」が仙山線・奥羽本線・米坂線・羽越本線経由で仙台 - 新潟間を運行し、1966年3月5日に急行へ格上げされた。この時期には災害も相次ぎ、1940年3月5日には小国 - 玉川口間の荒川橋梁が雪崩で崩壊し、直後に通過した米沢発坂町行列車の機関車などが約25メートル下の荒川に転落して15人が死亡、30人が負傷し、1967年8月28日から29日にかけての羽越豪雨では全線102か所で被害を受け、全線復旧は1968年6月28日であった。
1987年4月1日に日本国有鉄道が分割民営化されると、JR東日本が当線を承継し、米沢 - 坂町間の貨物営業は廃止された。当線の幹線連絡の役割は、モータリゼーションの進展、貨物営業の廃止、並行する羽越本線の電化などによって次第に薄れ、優等列車の迂回路としての価値も大きく減じ、奥羽本線が山形新幹線のため標準軌に改軌されて以降は、幹線との直通は新潟方面のみとなった。急行「あさひ」は上越新幹線開業を前に1982年5月1日に「べにばな」と改称されており、1991年8月27日には山形新幹線工事の進捗に伴って米沢 - 新潟間の快速に格下げされた。1995年12月1日には玉川口・花立の両駅が廃止されたが、これは特定地方交通線の第三セクターへの転換を除けば、JR東日本発足の1987年以来初めての廃駅であった。2009年3月14日には車両がキハE120形・キハ110系に統一されてワンマン運転が始まり、2020年3月のダイヤ改正でキハE120形に代わってGV-E400系が導入され、使用車両はキハ110系とGV-E400系となった。
米坂線は雪や雨によってたびたび寸断されてきた。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では全線が不通となり、14日と20日に順次運転を再開し、2004年・2005年・2013年・2014年にも水害や土砂崩れによってバス代行が行われた。最も深刻な打撃となったのは2022年8月3日から4日にかけての集中豪雨で、沿線の関川村では1時間に150ミリメートルの雨量を観測した。8月3日に全線で運転が見合わされ、翌朝には羽前椿 - 手ノ子間の小白川橋梁が崩落したことが確認され、調査の結果、今泉 - 坂町間で計112か所の被災が判明し、うち43か所が羽前椿 - 羽前沼沢間に集中していた。米沢 - 今泉間は2022年8月9日に運転を再開したが、今泉 - 坂町間は不通のままで、2022年8月12日から新潟交通が運行する代行バスによって輸送されている。
この長期の寸断により、路線の将来は不透明となっている。2023年4月25日、JR東日本新潟支社は、復旧に約86億円、工期に約5年を見込むと発表し、これほど大きな額を会社単独で負担するのは難しいとして、国や山形県・新潟県、沿線自治体との費用分担を協議したい考えを示した。2024年5月29日の米坂線復旧検討会議では、JR東日本が被災前と同様のJR直営を前提とした復旧は難しいとの見解を示し、路線の将来について、JRが運営する案、自治体が鉄道施設を所有しJRが運行を担う上下分離方式、第三セクターなどが運営する案、バス転換、の4つのパターンを提示した。2026年時点でも今泉 - 坂町間は不通かつバス代行のままで、バス運行の試行を含むこれらの選択肢が協議されている。
年表
- 19269月28日:米沢 - 今泉間(23.0 km)が米坂線として開業。南米沢・西米沢・中郡・羽前小松・犬川の各駅を新設。
- 19318月10日:今泉 - 手ノ子間(11.7 km)が延伸開業し、米坂東線に改称。同日、坂町 - 越後下関間(11.0 km)が米坂西線として新規開業。
- 193311月10日:東側が手ノ子 - 羽前沼沢間(9.2 km)を延伸。11月30日:西側が越後下関 - 越後金丸間(11.9 km)を延伸。
- 193510月30日:羽前沼沢 - 小国間(14.4 km)を延伸開業。伊佐領・羽前松岡・小国の各駅を新設。
- 19368月31日:県境を越える最後の小国 - 越後金丸間(9.5 km)が開業し、米沢 - 坂町間(90.7 km)が全通。両線を統合して米坂線に改称し、玉川口駅を新設。
- 19403月5日:小国 - 玉川口間の荒川橋梁が雪崩で崩壊し、直後に通過した米沢発坂町行列車の機関車などが約25 m下の荒川に転落。15人死亡、30人負傷(米坂線雪崩直撃事故)。
- 196011月1日:準急「あさひ」が仙山線・奥羽本線・米坂線・羽越本線経由で仙台 - 新潟間に運行開始。
- 19678月28日 - 29日:羽越豪雨により全線で計102か所が被災。翌1968年6月28日に全線復旧。
- 19874月1日:国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道が承継し、米沢 - 坂町間の貨物営業を廃止。
- 19918月27日:急行「べにばな」(1982年に「あさひ」から改称)が、山形新幹線工事の進捗に伴い米沢 - 新潟間の快速に格下げ。
- 199512月1日:玉川口・花立の両駅を廃止。特定地方交通線の第三セクター転換を除けば、JR東日本発足の1987年以来初の廃駅。
- 20093月14日:車両をキハE120形とキハ110系に統一し、ワンマン運転を開始。
- 20113月11日:東北地方太平洋沖地震により全線が不通。14日に小国 - 坂町間、20日に米沢 - 小国間が運転を再開。
- 20228月3日:集中豪雨(関川村で1時間150 mm)で全線運転見合わせ。羽前椿 - 手ノ子間の小白川橋梁が崩落し、今泉 - 坂町間で112か所が被災。8月9日に米沢 - 今泉間が再開するも、今泉 - 坂町間は不通のままで、8月12日から代行バス(新潟交通)による輸送。
- 20234月25日:JR東日本新潟支社が、復旧に約86億円・工期約5年を見込むと発表し、単独負担は難しいとして国・両県・沿線自治体との費用分担を協議したい考えを示す。
- 20245月29日:米坂線復旧検討会議で、JR東日本が従来のJR直営を前提とした復旧は難しいとし、JR運営・上下分離方式・第三セクター運営・バス転換の4パターンを提示。
出典
事実確認日:2026年6月14日