JR線·約2分で読めます

湯前線

Yunomae Line

湯前線(ゆのまえせん)は、熊本県南部を走る営業キロ24.8キロメートルの鉄道路線で、人吉市の人吉温泉駅を起点に、球磨川の谷を遡って湯前町の湯前駅へと至る。駅数は14で、軌間1,067ミリメートルの狭軌、全線非電化であり、気動車によって運行されている。第三セクターのくま川鉄道が運営する唯一の路線で、同社は1989年に旧国鉄の路線を引き継いだ。

相良村5 km
湯前線の路線図 · 境界: 国土数値情報(国交省)・GSI

歴史

この路線は国によって建設・開業された。人吉 - 湯前間の全線は、当時の鉄道省(国鉄)によって1924年3月30日に開業し、球磨川上流の谷に、人吉で肥薩線につながる鉄道が通じた。開業後しばらくは蒸気機関車が牽く地方の支線であったが、1951年12月1日に気動車による運転が始まり、1930年代・1950年代・1960年代にかけて、沿線集落の発展に伴って途中駅が増設された。

利用の少ない地方路線であったため、湯前線の貨物輸送はわずかなものにとどまり、戦後の数十年で縮小されていった。多良木以遠の貨物営業は1974年10月1日に廃止され、1980年6月1日には貨物営業が全廃されて、同線は旅客専業の路線となった。

日本国有鉄道の末期、この路線は廃止の対象とされた。1987年2月3日には、廃止・転換の対象となる不採算地方路線の区分である特定地方交通線に指定された。1987年4月1日に国鉄が分割民営化されると、路線は新たな九州旅客鉄道(JR九州)に引き継がれたが、これは転換までの暫定的なものであった。

第三セクター鉄道への転換は1989年2月27日に決定され、1989年10月1日に新設のくま川鉄道へ移管された。移管に際して駅の整備も行われ、おかどめ幸福・公立病院前・新鶴羽などの新駅が開業し、東人吉駅は改称された。それでも同社の鉄道事業は1989年の設立以来、一度も営業黒字を計上できておらず、路線は運行の維持を公的支援に頼ってきた。

湯前線は、令和2年7月豪雨と称される2020年7月初めの集中豪雨によって壊滅的な被害を受けた。2020年7月4日、増水した球磨川沿いの洪水によって球磨川第四橋梁が流出し、多くの設備も浸水して、全線が不通となった。この豪雨は、同じ谷を並行するJR肥薩線にも甚大な被害を与えた。2020年8月27日、くま川鉄道は路線を廃止せず鉄道として復旧・再開することを決定した。復旧費用は約46億円と見積もられ、その97.5パーセントを国が、残る2.5パーセントを地方自治体が負担するとされた。

復旧は段階的に進められている。被害の比較的小さかった上流側がまず再開し、2021年11月28日に肥後西村 - 湯前間で運転が再開された。流出した球磨川第四橋梁を含む人吉温泉 - 肥後西村間の下流側は不通のままで、復旧工事が続く間、路線は一部のみの運行となった。人吉温泉 - 湯前間の全線を結び直す全線復旧は、2026年9月20日に予定されている。

年表

  • 19243月30日:人吉 - 湯前間の全線が、鉄道省(国鉄)によって湯前線として開業。
  • 195112月1日:気動車による運転を開始。
  • 197410月1日:多良木以遠の貨物営業を廃止。
  • 19806月1日:貨物営業が全廃され、旅客専業の路線となる。
  • 19872月3日:特定地方交通線に指定される。
  • 19874月1日:国鉄分割民営化に伴い、転換までの暫定措置として路線がJR九州に承継される。
  • 19892月27日:第三セクター鉄道への転換が決定される。
  • 198910月1日:新設のくま川鉄道に転換。おかどめ幸福・公立病院前・新鶴羽の新駅が開業し、東人吉駅が改称される。
  • 20207月4日:令和2年7月豪雨により球磨川第四橋梁が流出し、多くの設備が浸水して全線が不通となる。並行するJR肥薩線も同豪雨で甚大な被害を受ける。
  • 20208月27日:くま川鉄道が鉄道事業として復旧することを決定。復旧費用は約46億円と見積もられ、国が97.5%、地方自治体が2.5%を負担するとされる。
  • 202111月28日:上流側の肥後西村 - 湯前間で運転を再開。流出した橋梁を含む下流側の人吉温泉 - 肥後西村間は不通のまま。
  • 20269月20日:人吉温泉 - 肥後西村間で運転を再開し、人吉温泉 - 湯前間の全線復旧を予定。

出典