歴史
本路線は、守山区の志段味地区に造られる志段味サイエンスパークの足として計画されたもので、その計画は1980年代半ばまでさかのぼる。1985年3月に建設省がガイドウェイバスシステムの開発に着手し、名古屋市での導入についての検討は1980年代後半から1990年代初頭にかけて続いた。名古屋ガイドウェイバス株式会社は1994年4月1日に設立され、同年10月25日に軌道法に基づく特許を取得した。大曽根 - 小幡緑地間の専用軌道は、将来一般的な新交通システム(AGT)へ転用することも考慮して全線が高架線として建設された。軌道は最小曲線半径100メートル(大曽根駅取り付け区間は30メートル)、最急勾配60パーミルとされ、これは他の新交通システムに将来移行した場合でも走行が可能となるように設定されたものである。建設費は1キロメートル当たり54億円以上と、ガイドウェイバスにしてはやや高額であった。
2000年11月15日には営業車両が公開されるとともに、「ゆとり」と「ストリート」を掛け合わせ公募によって決定した愛称「ゆとりーとライン」が公表された。専用軌道区間は2001年3月23日に開業した。開業時、運行業務は名古屋市交通局のほか名鉄バス、ジェイアール東海バスにも委託されており、実質的には3事業者の共同運行であった。
2007年11月15日朝、大曽根駅手前のカーブで上り線を走行中の車両が脱線した。後の調査によれば、高架走行に必要な案内輪が事故現場の約1.6キロメートル手前から格納された状態になっていたとされ、運輸安全委員会は2008年10月にこの脱線事故の鉄道事故調査報告書を公表した。2009年10月1日には名鉄バスとジェイアール東海バスが運行から撤退し、以後は名古屋市交通局が唯一の運行事業者となり、全車両が同局の大森営業所に集約された。
その後、本路線では小規模な変化が相次いだ。2011年2月11日にはICカード乗車券manacaが導入され、2016年3月12日には交通系ICカードの全国相互利用サービスに対応して、manacaなどのカードが利用できるようになった。2013年4月1日には守山市民病院駅が金屋駅に改称された。2022年5月30日には、専用の高架軌道に一般車両が侵入し、職員の制止を振り切って走行するトラブルが発生した。一般車両の侵入は開業以来初めてのことであった。
高架区間では昼間時間帯に約10分間隔で運転が行われ、全便が各駅に停車したのち一般道路に直通して志段味交通広場や高蔵寺などへ向かう。高架区間の年度別乗車人員は、2001年度の1日約5,288人から2010年代後半には1日12,000人を超えるまで増加した。今後については、名古屋市が2026年を目処に高架区間を軌道法によるガイドウェイバス専用軌道から(通常の)バス専用道へ転換し(事実上のBRT化)、さらに自動運転を導入することを検討しており、専用の高架区間では自動運転の実証実験が予定されている。
年表
- 19853月:建設省がガイドウェイバスシステムの開発に着手。
- 19944月1日:名古屋ガイドウェイバス株式会社が設立。10月25日には軌道法に基づく特許を取得。
- 200011月15日:営業車両が公開され、公募で決定した愛称「ゆとりーとライン」が公表される。
- 20013月23日:大曽根 - 小幡緑地間の専用軌道区間が開業。当初は名古屋市交通局・名鉄バス・ジェイアール東海バスの共同運行であった。
- 200711月15日:大曽根駅手前のカーブで上り線の車両が脱線。案内輪が約1.6キロ手前から格納されていたとされ、運輸安全委員会が2008年10月に鉄道事故調査報告書を公表。
- 200910月1日:名鉄バス、ジェイアール東海バスが運行から撤退し、運行は名古屋市交通局のみとなる。
- 20112月11日:ICカード乗車券manacaを導入。
- 20134月1日:守山市民病院駅を金屋駅に改称。
- 20163月12日:交通系ICカードの全国相互利用サービスに対応し、manacaなどが利用できるようになる。
- 20225月30日:専用の高架軌道に一般車両が侵入し、職員の制止を振り切って走行。一般車両の侵入は開業以来初めて。
- 2026(予定)名古屋市は高架区間を軌道法による専用軌道から通常のバス専用道へ転換(事実上のBRT化)し、自動運転を導入することを検討中。専用の高架区間では自動運転の実証実験が予定されている。
出典
事実確認日:2026年6月14日