歴史
大阪 - 神戸間の並行線開業に反対する鉄道作業局が所管する私設鉄道法ではなく、内務省幹部の古市公威から「線路のどこかが道路上にあればよかろう」との了解を得て軌道条例に依拠し、ほぼ全線を高速運転に有利な専用軌道として建設した。1905年(明治38年)4月12日に本線神戸(三宮駅) - 大阪(出入橋駅)間を開業し、都市間電気鉄道(インターアーバン)としては日本で最も古く、日本におけるインターアーバンの先駆けとなった。軌道・車両ともに高規格の設備は、建設時にアメリカ視察を行った技師長三崎省三の意向を反映し、アメリカのインターアーバンに範を採ったものであった。西国街道沿いの集落を結ぶルートを選択した名残で、各駅間は平均1kmと短く駅の数が多い。
1920年(大正9年)に阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)が並行する神戸本線を開業させると激しい乗客獲得競争となり、阪神は大阪 - 神戸間の多頻度運転を進めて「待たずに乗れる阪神電車」というキャッチフレーズで知られるようになった。1924年(大正13年)には伝法線(後の西大阪線、現在の阪神なんば線)の開業と阪神甲子園球場の開場が相次ぎ、1933年(昭和8年)には梅田停留場に「阪神マート」(阪神百貨店の前身)を開業し、岩屋 - 三宮間の地下新線も開業した。1935年(昭和10年)12月10日には株式会社大阪野球倶楽部(大阪タイガース、現在の阪神タイガース)を設立した。戦後は1954年(昭和29年)に初の大型車両3011形と梅田 - 三宮間ノンストップ特急、1958年(昭和33年)にジェットカー5001形を導入し、1983年(昭和58年)には日本の民鉄界で初めて営業用全車両の冷房化を完了した。
1995年(平成7年)1月17日の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)では各線および石屋川車庫が甚大な被害を受けて計41両が廃車となったが、同年6月26日に本線が全線復旧し、1996年(平成8年)3月20日の9000系営業運転開始で震災前の車両数に復旧した。1998年(平成10年)には梅田 - 山陽姫路間の直通特急の運転を開始した。2006年(平成18年)には村上ファンドによる買収問題を発端とする阪急ホールディングスの株式公開買い付け(TOB)が成立し、同年10月1日の株式交換により阪急阪神ホールディングスの完全子会社となった(戦後初の大手私鉄の経営統合)。2009年(平成21年)3月20日には阪神なんば線西九条 - 大阪難波間が開業して近畿日本鉄道との相互直通運転を開始し、神戸(三宮) - 大阪(難波) - 奈良を結ぶ私鉄ネットワークが完成した。2010年(平成22年)に神戸高速線の駅業務・運行業務を引き継ぎ、営業キロは48.9kmとなっている。
年表
- 18996月12日、摂津電気鉄道株式会社として設立(資本金150万円)。社長に外山脩造を迎えた。7月7日、阪神電気鉄道株式会社に社名変更した。
- 19054月12日、本線神戸(三宮駅) - 大阪(出入橋駅)間が開業した。日本における都市間電気鉄道(インターアーバン)の先駆けとなった。
- 19241月20日、伝法線(後の西大阪線、現在の阪神なんば線)が開業した。8月1日、阪神甲子園球場が開場した。
- 19333月29日、旧梅田停留場に「阪神マート」(阪神百貨店の前身)を開業した。6月17日、岩屋駅 - 三宮駅間の地下新線が開業した。
- 193512月10日、株式会社大阪野球倶楽部(大阪タイガース)を設立した(1961年4月1日付で株式会社阪神タイガースに商号・球団名変更)。
- 19549月15日、初の大型車両3011形を導入し、梅田駅 - 三宮駅間ノンストップ特急の運転を開始した。
- 19587月24日、ジェットカー5001形(初代)が営業運転を開始した。
- 19684月7日、神戸高速鉄道が開業し、山陽電気鉄道との相互直通運転を開始した。
- 19834月30日、営業用全車両の冷房化を完了した(日本の民鉄界で初)。
- 19951月17日、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生し、各線および石屋川車庫が甚大な被害を受け、計41両が廃車となった。6月26日、本線が全線復旧した。
- 19982月15日、梅田駅 - 山陽姫路駅間に直通特急の運転を開始した。
- 20066月19日、村上ファンドによる買収問題を発端とする阪急ホールディングスの株式公開買い付け(TOB)が成立し、その連結子会社(持株比率64.76%)となった。10月1日、株式交換により阪急阪神ホールディングス(旧・阪急ホールディングス)の完全子会社となった(戦後初の大手私鉄の経営統合)。
- 20093月20日、阪神なんば線(西九条駅 - 大阪難波駅間)が開業し、近畿日本鉄道との相互直通運転を開始した。西大阪線を阪神なんば線に改称した。
- 201010月1日、神戸高速鉄道へ委託していた神戸高速線(東西線)の駅業務・運行業務を引き継いだ(これにより路線総延長は現行の48.9kmとなった)。
出典
事実確認日:2026年6月12日