塩狩

Shiokari

塩狩
Wikimedia Commons (see file page for author + license)

歴史

塩狩駅は1916年(大正5年)9月5日、鉄道院宗谷線の塩狩信号所として設置されたのが始まりで、1922年に信号場、1924年(大正13年)11月25日に旅客・手荷物を扱う駅へ昇格した。1949年に日本国有鉄道へ移管され、1984年11月に無人化、1986年11月の電子閉塞化で完全無人駅となった。1987年4月1日に国鉄分割民営化でJR北海道へ継承。2019年に同社が沿線29駅の存廃を沿線自治体に問うた結果、2021年4月から和寒町が維持管理を担い、運営資金の大半はふるさと納税で賄われている。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-06-09。

英語版と日本語版で記述が異なる場合、本項は日本語版の記述に従っています。

備考

構内に立つ長野政雄殉職記念碑は、1909年に塩狩峠付近で発生した暴走客車事故で殉職した鉄道院職員を悼むもので、三浦綾子の小説『塩狩峠』のモデルとなった。

出典

ライブマップで見る → ← 駅一覧