歴史
羽後四ツ屋駅は1921年(大正10年)7月30日、鉄道省生保内軽便線の駅として開業した。1922年の路線名改称で生保内線、1966年10月の路線改編で田沢湖線の駅となり、1981年12月の荷物扱い廃止に伴い無人化、1982年4月の簡易委託化に合わせて海上コンテナを改造した駅舎へと建て替えられた。1987年の国鉄分割民営化でJR東日本の駅となり、2007年4月1日に再び無人化された。当駅は2番線を主本線とした一線スルー構造で、秋田新幹線の列車は通常2番線を通過し、普通列車は1番線を優先的に使用する。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-18。
備考
1982年4月の簡易委託化に合わせ、海上コンテナを改造した独特な駅舎へと建て替えられた。