歴史
摺沢駅は1925年(大正14年)7月26日、岩手県一関市大東町摺沢に一般駅として開業し、1927年(昭和2年)7月15日までは終着駅であった。1972年(昭和47年)1月1日に貨物、1985年(昭和60年)3月14日に荷物の扱いを廃止。1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化でJR東日本の駅となった。1999年(平成11年)12月1日には一関市役所摺沢出張所と客席数600の「室蓬ホール」を併設する鉄筋コンクリート造3階建ての新駅舎が完成し、総工費19億円は当時の大東町が全額負担した。2022年(令和4年)3月12日のダイヤ改正で終日無人化された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-18。
備考
大船渡線が摺沢を経由するために描く大きな迂回は、政友会の圧力によって実現したいわゆる「我田引鉄」の代表例とされ、駅前にはその仕掛け人とされる佐藤秀蔵・良平親子の胸像が建てられている。