大石田

Oishida

大石田
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歴史

大石田駅は1901年(明治34年)10月21日、官設鉄道(のちに日本国有鉄道)奥羽南線が楯岡駅(現・村山駅)から延伸した際の終着駅として、現在の山形県北村山郡大石田町大石田番乙に開業した。1902年(明治35年)7月21日に奥羽南線が舟形駅まで延伸され途中駅となり、1909年(明治42年)10月12日の線路名称制定により奥羽本線の駅となった。1999年(平成11年)12月4日には山形新幹線の新庄延伸に伴い山形新幹線の停車駅となった。現在は東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する。所在する大石田町は北村山郡に属する唯一の自治体で、最上川流域に発展した人口約6千人の町。歴史的には最上川の港として最大の物資集積地として繁栄した — 下流の碁点・隼・三ヶ瀬の最上川三難所のため、酒田港からの大型川舟はここまでしか入れず、三難所を越えるためには大石田河港で陸揚げするか小型の舟に積み替える必要があり、その輸送路は奥羽山脈を越えて仙台藩にまで至った。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-25。

備考

大石田町の記事によると、大石田は天領であり、最上川舟運を司る大石田川船役所が置かれていた。一方、最上川対岸の横山・田沢は新庄藩の飛び地で、新庄藩立藩から幕末まで一貫して新庄藩領であり、横山番所が置かれていた。

出典

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