野蒜

Nobiru

野蒜
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歴史

野蒜駅は1928年(昭和3年)4月10日、宮城電気鉄道(現JR仙石線)の駅として開業した。同社初代社長の山本豊次が、太平洋・仙台湾に面しながら波が穏やかな洲崎浜に着目して海水浴場の観光開発を行ったことが背景にある。1931年(昭和6年)には兵庫県の須磨海水浴場にならい「東北須磨駅」に改称、1944年(昭和19年)5月1日の国有化時に現在の駅名に戻った。2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災の津波で駅舎1階が浸水するなど甚大な被害を受け、無期限休止となった。2015年(平成27年)5月30日、従前より約500メートル内陸の海抜22メートル地点に高台移転して営業を再開した。

歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。

備考

震災前の旧駅舎は約4000万円をかけて改修され、2016年(平成28年)10月1日に「東松島市震災復興伝承館」として開館した。1階は交流スペース、2階では震災関連のパネル展示や映像放映が行われている。

出典

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