歴史
鹿瀬駅は1914年(大正3年)11月1日、鉄道院岩越線の野沢駅 - 津川駅間開通に合わせて開業した。当初は駅設置が確定していなかったが、岩越線着工当時に内務大臣を務めていた原敬が古河鉱業の副社長でもあったことの影響で、近隣の草倉銅山の最寄り駅として設置が決まり、移転費用の半分ほどは古河鉱業が負担したと伝えられる。1925年(大正14年)からは東信電気が水力発電所の建設に着手し、1928年の発電所完成後に昭和肥料(後の昭和電工)の鹿瀬工場が立地、1950年代の全盛期には1日4,000人を超える乗降と1日400トンを超える貨物を扱う一大工業駅となった。1985年(昭和60年)3月に専用線発着の貨物列車を廃止、1986年(昭和61年)10月20日に貨物の取扱いを全廃し、同年11月に無人化(簡易委託化)された。1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化でJR東日本の駅となり、1991年(平成3年)11月には交換設備が撤去されて棒線化された。
歴史は日本語版・英語版ウィキペディアより要約 · 最終確認 2026-05-22。
備考
全盛期の昭和電工鹿瀬工場では従業員が2,500人を数え、1961年(昭和36年)には1日1,100トンを超える貨物が扱われ、その多くは北陸本線青海駅から運ばれた石灰石であった。